日本の伝統工芸品「漆器」。
漆器には多くの職人が関わっている。
ろくろを用いて木を削り出し形作る「木地師(きじし)」。その木地に漆を塗る「塗師(ぬし)」。
その漆を木から採取する「掻子(かきこ)」 。
そして漆器の表面に漆で絵を描き、乾く前に金粉や銀粉を蒔(ま)いて模様をつける
「蒔絵師」などの「加飾職人」である。
この最終工程である「加飾」を担当する職人が花巻で工房を構えている。
「漆工房 地神(じがみ)」で主に秀衡塗り(ひでひらぬり)の加飾や漆器の修理・修復を行う髙橋和典氏。
最初に記した通り、「加飾」は漆器において最終工程であり、職人の最後の仕上げである。
失敗は許されない。
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【漆器の加飾】
漆を使って菊や梅など様々な模様を施す「加飾」。
梅の木の枝先を綺麗に見せるには迷わず流れるように描くなど、集中力と思い切りが必要なのだが、それを数十秒で描き上げてしまう。
昨年岩手県で行われた第36回伝統的工芸品月間国民会議全国大会での実演でも驚いたが、実演しても加飾作業には全く影響が出ないのだそう。
【漆器の修復】
修理では、まず漆器の塗膜を剥がす必要がある。この作業は木が狂っていることがある(木が含んでいる水分が抜けることで収縮し変形する)ため機械ではできない。漆を剥がす時は、粗いペーパーで削って剥がす。割れている部分には漆を接着剤として活用し、全体を漆で塗りなおした後に加飾を施す。漆を重ねることでより強度が増す。
修理の依頼品は江戸時代のものから明治、昭和のものまでさまざまである。
権現舞の修理の際は、糊漆(糊と漆を配合した接着作用のある漆)を利用し、その線を生かして麻の葉模様を描くなど、機転を利かせるのも面白い。
【漆器の材料「漆」】
漆は浄法寺産、その他国産、中国産の漆をブレンドしている。浄法寺漆が少し入っているだけで質が大きく変わるそう。入っているか入っていないかで違いが出る。
漆は丈夫で長年使うことで艶が出て美しい。加えて、漆には抗菌作用があり、子どもやお年寄りに最適な食器だとも言われている。
そのような漆の質を見極める方法がある。漆をヘラ等ですくって漆が下に垂れた後、その漆がヘラ側に戻ってきたら質の良い漆なのだそう。
漆器には欠かせない質の良い日本の漆。この漆を採取するのが「掻子」である。漆は一日で牛乳瓶一本分程度しか採れないということも言われている。「そのような下支えの職人がいて仕事ができている」と言う高橋さん。余った漆はその都度専用の和紙でこして再利用する。昔から他の職人の仕事や材料を大事にする心のありようは変わらない。
【漆器の材料「金箔」】
漆だけではなく、金箔を張り付けることもあれば、金粉を蒔くこともある。
金箔はカッターだと刃が太くて切れないためカミソリのエッジを使って切る。予想もしない道具を使っていると、長年加飾をし続け、自分に合った道具を使っていることがよくわかる。
髙橋さんの利用している金箔は三枚掛けと言われ、厚みがあり品質が良い。一枚掛けだとピンホール(小さな穴)ができやすい。
金箔は加飾としてだけではなくコーティングの役割も担う。漆に紫外線が当たると劣化するが、金箔があることで劣化を防ぐのである。伝統的な装飾は、それらが施される意味が必ずあるのである。面白い。
【加飾道具「筆」】
加飾にかかせない筆。筆は職人に注文して作ってもらうのだが、発注してから納品まで半年かかることもある。漆はいつでも買えるが筆は先行投資として買わなくてはならない。
髙橋さんの筆にも工夫がある。持ち手に油が垂れてこないように新聞紙とタコ糸を巻き付け、それを塗料で固めている。筆先についても同様で、筆が届いた時筆先は丸いが、荷札の針金で筆元をつぶし、ペンチで軽く抑えて楕円形にする。その後、一か月油につけて育成する。
筆の毛は野ネズミの背中の毛。一匹から十数本しか取れないものを束ねて一本にしている貴重なものである。漆は粘るため、筆にこしがないと細く描けない。その点で野ネズミの背中の毛は匹敵なのであろう。
使った筆は油を使ってきれいにする。昔はなたね油を使っていたが、固まりやすいことから今はオリーブオイルを使っている。この道具の管理が重要で、加飾に影響が出ないよう丁寧に丁寧に道具の片付けを行うのである。
【体験を通して】
体験させていただいたが、腕を固定しながら描くのがかなり難しい。
迷いがあると描けないという言葉の意味が身に染みてわかった。
【髙橋さんの作品】
髙橋さんの作品は全て繊細で美しい。
また金ケ崎町で六原張り子を制作する「さわはん工房」とのコラボ作品も実現した。
「陸奥の犬筥(いぬばこ)」である。
犬筥の模様には本金箔を使用しており、背中部分には打ち寄せる青波に松、竹、紅白梅、夫婦鶴を描き、胴回りと帯部分には亀甲を施す。難を転ずる意のこもった南天や子どもの成長を願って真っ直ぐ伸びる麻の葉、人と人のつながりを願った唐草なども描かれており、豪華で縁起の良い置物だ。
※犬の形姿を模した紙製の置物。室町時代以降,公家や武家の間では,出産にあたって産室に御伽犬または犬筥といって筥形の張子の犬を置いて,出産の守りとする風があった。雌雄一対の置物である。
【加飾を始めたきっかけ】
さて、漆の加飾職人になったきっかけは何だったのだろうか。
中学卒業の際、こけし職人になりたいという思いからこけしの工房を何軒か回った。当時は花巻にこけし職人が12人ほどいたそう。こけしは「キナキナ」というおしゃぶりが元のため生活に馴染んではいたが、一方で周りに職人になりたいという人はほとんどいなかったという。
→花巻のこけし、煤孫こけしの記事はこちら【https://makimaki-hanamaki.com/5404】
工房を何軒か回っていたところ、とあるこけし職人から花巻市の木工会社を紹介され就職。
そこでは自分で形そのものを作れるからという理由で木地師を希望していたが、木を削るよりも絵を描く方が向いていると言われ加飾に転身。
師匠からは人としてどうあるべきか、挨拶や掃除の仕方を教わった。目で盗みなさいと言われ、加飾を直接教えてもらったことは一度もない。自分の作業をしながら横目で技術を盗んでいた。
その後27年間勤めあげ、独立。今に至る。
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岩手にも数えるほどしかいないと言われるフリーの加飾職人。「フリーだからこそスキルを上げていかないと仕事の依頼がこない」と言う髙橋さん。髙橋さんの技術の高さと思いを強く感じた取材であった。ものにあふれている時代だからこそ、修繕して歴史を積み重ね、大切に扱うことに意義があるように感じる。
「漆の一滴を己の血の一滴と心得なさい」という師匠の言葉を胸に、今日も筆を手に加飾に向き合う。