花巻市出身の平賀恒樹(ひらか こうき)さんは1977年生まれ。現在、保育士の悦子さんと3人のお子さんの5人家族です。友人たちからは、幼い頃からのあだ名「ガッツ」と呼ばれています。実家で祖母が畑仕事をしているのを見て育ち、いつしか自分もと興味を持っていたガッツさんは27歳で就農。2016年10月には自宅一階を改装し、念願だった飲食店「ファームプラスカフェ」もオープンしました。飲食店のほか、より多くの人に農業を身近に感じてほしいと、農作業体験の機会も提供しています。評判のカレーやパスタをいただきながら、現在に至るまでのお話を伺ってきました。
材料は自分の畑と身近な素材。ガッツさんらしさがつまったファームプラスカフェのメニュー
ファームプラスカフェは2016年10月にガッツさんの自宅一階を改装してできた飲食店です。住宅街の中にあり、特注サイズの大きなガラス戸が特徴です。看板メニューはお肉がはいらない野菜ごろごろカレーと、野菜たっぷりのパスタです。持ち帰りもできて人気のタコスは、ガッツさんのメキシコ好きが高じてメニューに加わりました。ほかにも自家製のジンジャーエールやりんごジュース、コーヒーなどのドリンクメニューもあります。
ガッツさんは開店前に近くの畑に野菜を収穫しに行くということで、この日は朝からお邪魔しました。畑は店舗から車で2、3分の場所です。一面、雪で覆われていましたが、この時期、キャベツは雪下に置いておくことで甘みが増します。キャベツが寒さから身を守るために糖分を蓄えるからだそうです。収穫はその日に直売する分とカフェメニューに使う分だけ。この日は一緒に人参も掘り起こしました。この人参を使った、化学調味料や保存料を使わない、ガッツさんが仲間と作られているオリジナルドレッシングも人気があります。
ガッツさんの実家は花巻市内で田んぼと畑を持つ兼業農家でした。父親は会社勤めだったので、普段の農作業は主に祖母が担っていました。ガッツさんは幼い頃から祖母の畑仕事を手伝い、その姿を見て育ちました。当時から農業には漠然とした憧れを抱いていたといいますが、大人になり憧れと現実の狭間で、一時期は農家になることを諦めかけていた時期もありました。
農業の師匠と出会い、妻の一言にも背中を押されて専業農家の道に進む
ガッツさんは大学進学で上京しましたが、毎年9月に行われる「花巻まつり」には帰省して神輿を担ぐのを欠かさないほど、故郷・花巻を大事に思っていました。卒業後から現在までを振り返っていただきました。
「卒業後は花巻に戻って古着屋の店員として勤務していました。奥さんとは東京にいる時からつきあっていて、いわゆる遠距離恋愛だったので、それもあって帰って来ようと思ったんですね。もしあの時つきあっていなかったら、学生時代から続けていた飲食店でのアルバイトを、卒業後も仕事として続けていたような気がします。でも、もともと花巻に戻って何か面白いことをしたいなとは思っていたので、帰ってこようとは考えていました。」
ガッツさんは古着屋で働きながら、将来を見据えて次の仕事を探します。そんな時、専業農家で生計を立てている人が身近にいることを知りました。
「古着屋時代の同僚の実家が、大規模な専業農家だということで見学させてもらいましたが、農業だけでも生活が成り立つんだと驚きました。それでやっぱり農業の道に進みたいなと思って、専業で食べていく方法を模索しました。研修先がないか調べたり、農業普及センターに相談したり、あちこち視察にも行かせてもらったんですけど、実際はなかなか厳しかったです。どうしても自分が農業で生計を立てていく見通しがたたなかった。もしかしたらお金を貯めてから就農したほうがいいのかなとか、ずいぶん悩みました。」
農業の可能性だけでなく厳しい現状も目の当たりにしたガッツさんですが、前述の同僚に別の専業農家を紹介され、農繁期のアルバイトを始めることにしました。それはガッツさんを農業の道に導いてくれた師との出会いでもありました。
こうして専業農家の道に進むことについて、当時つきあっていた悦子さんはどう考えていたのでしょうか。
「奥さんに、農業で食べていくのは厳しいよという話をしたこともあったんですが、『でも農業を仕事にできるっていいよね』と言われて。『農業やったほうがいいよ』とむしろ背中を押されました。適性を見抜いてくれたというか。今でもそうなんですけど、けっこう大事な判断は奥さんの直感を頼りにしているんですよ(笑)」
空き家物件との出会いを機に、念願のカフェをオープン
その後、ガッツさんと悦子さんは29歳で結婚。それから10年間はどういったスタイルで農業に従事されていたのでしょうか。
「27歳で師匠と出会って農繁期のアルバイトを始めて、28歳からは自分の畑でも野菜を始めました。結婚は29歳の時ですね。当時はアパートで暮らしながら自分の畑へ行ったり、農繁期のアルバイトに行くという生活だったんですが、これがなかなか大変でした。畑仕事とアパート暮らしって、生活のリズムが一日の中で途切れてしまうんですよ。それでも10年続けましたが、『修行』って感じでしたね。」
農作業に最適な環境が整わず、苦労が続いたガッツさんですが、転機が訪れます。
「自分の野菜を使った飲食店もずっとやりたいとは思っていたんですが、一番のきっかけは今の一軒家との出会いが大きいです。中古物件として売りに出されていたのを、うちの奥さんが見つけたんです。庭も広いし、畑からも近いですし。店舗の改装や内装は、大工や電気工事をやっている友人や、地域おこし協力隊にいる設計士の方にも手伝ってもらいました。資金の一部も、東北食べる通信(市内に本拠地を構えるNPO法人)のスタッフに教えられたりして、クラウドファンディングを活用しました。」
ガッツさんは一軒家を手に入れ、念願だった農業とカフェの両立に向けて動き出しましたが、悦子さんのおかげで人との出会いにも恵まれます。悦子さんが勤務する保育園に、同じく市内で農業と農産加工を営む小原さんのお子さんが通っていたことをきっかけに、ガッツさんは小原さんが所属する「花巻市農村青年クラブ」通称「4Hクラブ」に加入、同世代の農業仲間と出会います。小原さんは実家が紫蘇を栽培する農家であるとともに、味噌をしその葉で巻いた「しそ巻」の加工も手掛けていて、ファームプラスカフェのドレッシングにも製造場所を提供している方です。
4Hクラブとの出会いにより、ガッツさんは花巻温泉旅館が地産地消の朝ごはんを提供する「花巻朝ごはんプロジェクト」にも、農家の一員としてキャベツなどの野菜を提供。出会いが出会いを呼んでいき、販路も少しずつ広がっていきました。
生産者と消費者の関係を超えて、農業の苦楽を分かち合える関係をつくりたい
ガッツさんはカフェの定休日である日曜日には、畑で種まきや収穫を体験してもらう農作業体験「デイファーム」を実施していますが、花巻温泉に宿泊するお客様を中心に、徐々に申し込みが増えているそうです。また、地元の農作業体験をテーマにしたイベントや、移住体験ツアーの訪問先としても協力し、これまで大勢の方がガッツさんの畑で野菜の収穫を楽しんできました。
昨年からは、グリーンツーリズムの受け入れも始めました。首都圏からやってくる中学生が対象ですが、子どもたちとの交流は楽しく「中学生でも考え方がしっかりしていて頼もしいよ。」と、学ぶことも多いそうです。
生産者と消費者という関係性を超えて、農業の苦楽を多くの人とわかちあっていきたいと考えるガッツさん。従来の飲食店経営、農家とは違ったスタイルを模索しています。今後ファームプラスカフェはどんなお店にしていきたいのでしょうか。
「食べることが好きだから、その根っこにある農業に携わっているのはいいなと思っています。料理は店でも作りますが、家でも主に料理は僕が担当しています。好きなので苦にならないんですよね。だから特定のジャンルの料理というよりは家庭料理の延長ですが、家族にごはんを作るのと同じように、うちの家庭料理の延長“農家メシ”を提供していく店としてやっていきたいですね。」
花巻市は2016年11月に「花巻クラフトワイン・シードル特区」の認定を受けました。この特区の導入により、市内の生産者のワインやシードルづくりへの参入ハードルが低くなりました。ガッツさんも今年は育てているりんごを使ったシードルづくりへの挑戦を検討しているそうです。最後に、花巻市内で食をテーマにした起業を考えている方にどんなことが必要か、応援メッセージをいただきました。
「自分の場合、家族はもちろんのこと、地元で大工をやっていた親友や東北食べる通信のスタッフ、地域おこし協力隊や4Hクラブの仲間に支えられてきて、お金以外で特に大きな苦労という苦労はなかったですね。もちろんお金はあればあるに越したことはないですが、一番大事なのは人との縁ですかね。これまでの知り合いに加えて、カフェをやりたいと宣言するようになってからつながった人とのご縁で、今が成り立っていると思います。やっぱり人とのつながりを大事にしていくことが一番ですね。」
この日は看板メニューの野菜ごろごろカレーと雪下キャベツのパスタをいただきました。どちらも野菜がたっぷり!そして野菜はそれぞれのメニューにあうよう彩りも考えられて、調理やカットサイズにも工夫が施されていました。普段はお肉好きな方でも、このカレーとパスタはおすすめ!ぜひ足を運んでみてください。