まきまき花巻行きたい宮沢賢治の花巻レストラン1          「畑の恵み、町の食卓(後編)」
宮沢賢治の花巻レストラン1          「畑の恵み、町の食卓(後編)」
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お米・雑穀・野菜・くだもの・畜産・酪農・お花・・・花巻の農の風景の中で育っているさまざまな食べ物。そしてそんな花巻をふるさとにもつ宮沢賢治の作品世界や食のエピソードから味わうことのできる、花巻のしゃれたエッセンスと、ゆるゆるした明るい時間。知っているようで、知らないような。食べたことがないようで、あるような。そんな花巻の農と食×宮沢賢治が織りなす時空を超えたレストラン。どうぞごゆっくりお召し上がりください。

 

引き続き後半へお立ち寄りいただきましてありがとうございます。

花巻の畑では、それぞれいろんな野菜と出会うことができます。しかしこちらこじんまりしたお店では、それらを一堂におだしするのは難しく、後半の一皿としてトマトとキュウリをご用意させていただきます。

■賢治さんはトマトが好きだった?

 トマトは江戸時代半ばごろに日本に入ってきた野菜です。けれども当時は観賞用の野菜で、「赤茄子」や「藩茄」などと記されていました(赤い茄子とは、いかにもですね)。食用として本格的に日本で栽培されるようになったのは明治時代からです。しかし栽培が始まった当初は人気がありませんでした。その独特の香りや、野菜を生で食べること自体、日本の食卓ではほとんどされていなかったからです。

 そんな時代に、賢治さんはすでにトマトが好きだったようです。盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)研究生を修了し、稗貫農学校(のちの花巻農学校)の教諭となった大正91920)年頃からトマトや、いくつかの西洋野菜を栽培していました。そして花巻農業高校で教鞭をとっていたときには、学校の畑でトマト栽培をしていて、宿直明けの昼食に食べたり、山盛りのトマトをたずねてきた友人にお茶菓子代わりにだしたというエピソードも残っています。

 比喩も含めると賢治さんの作品にトマトは多く登場しています。

 「黄色のトマト」にはポンデローザやレッドチェリーという品種のトマトが登場し、「セロ弾きのゴーシュ」でねこがゴーシュにおみやげにもってきたのは、ゴーシュの畑で実っていた半分熟したトマトです。「風景とオルゴール」には青い藩茄、「会食」には青きトマト、「春と修羅第三集・蛇踊」には酸っぱいトマトが登場しています。そのほか「ビヂテリアン大祭」「青いけむりで唐黍を焼き」「歌稿402」「歌稿355」「花椰菜」などにもトマトが登場しています。

 

町はづれの川ばたにあるこわれた水車小屋で、ゴーシュはそこにたった一人ですんでいて午前は小屋のまわりの小さな畑でトマトの枝をきったり甘藍(キャベツ)の虫をひろったりしてひるすぎになるといつも出て行ったのです。
(「セロ弾きのゴーシュ」より 写真は石鳥谷・中村修さんのトマト畑)

 

  ■品種で登場するトマト

 作品のひとつ「黄いろのトマト」は、大正12年頃に書かれ、その後、大正後期から昭和の初めごろに手入れされたのではといわれる賢治さんの未発表の童話作品です。

 舞台はとある博物館。そこでキュステという博物局十六等官(おそらく下っ端の役人なのでしょう)が剥製の蜂雀から聞いたというおはなしです。

 ペムペルとネリという兄妹は二人だけで畑を作っていました。育てた小麦で粉をひき、キャベツの収穫にもはげんでいます。そして赤い実のなるトマトの苗を10本植えました。「まっ赤な大きな実がつく」ポンデローザと、「さくらんぼほどの赤い実がまるでたくさんできる」レッドチェリーという品種それぞれ5本ずつ。

 ところが五本のチェリーの中で、一本だけは奇体に黄いろなんだろう。そして大へん光るのだ。ギザギザの青黒い葉のあいだから、まばゆいくらい黄いろなトマトがのぞいているのは立派だった。

(「黄いろのトマト」より)

 この実ったトマトを二人が黄金だと思ったことから物語が動きだします。このあとは・・・どうぞ本のページを開いてくださいね。

 トマトを「トマト」ではなく、具体的に品種名で登場させるあたり、こんなこだわりがいかにも農業を学んだ賢治さんだなあと思います。

 残念ながら、どちらの品種も現代ではあまり作られなくなってしまいました。しかし花巻には色んな色、形のトマトが作られていて、味わうことができます。花巻で見つけたトマトに少し目を凝らしてみてください。

 

黄いろのみのり(ネクスファーム)

■畑の恵みを探しに 花巻の農の風景 2

 賢治に想いを馳せながら、畑に会いに行きました。

 

 「黄いろのトマト」というミニトマトを花巻で作っていると知り、株式会社ネクスグループを訪ねました。一面のトマト畑かと思えば、通信機器の精密機器工場です。ここはトマト工場? いえいえ、建物の向こうにビニールハウスがありました。グループが運営しているネクスファームの菅野勉さん(事業開発本部事業開発部副部長)にお話を伺いました。

 会社で培った通信技術を、農業の品質管理や安定生産、付加価値づくりに生かせないか、そんなシステムの研究開発をトマト作りを通して行っているのだそうです。また「黄いろのトマト」は、その想いを宮沢賢治が思い描いたイーハトーブの世界と重ね合わせての命名なのだとか。

 ハウスは気温や湿度、水やりなどの環境がハイテクによって整えられ、「黄いろ」だけではなく、赤、オレンジ、緑、紫、とカラフルなトマトが実っていました。このトマトで地域貢献というテーマで市内・県内の事業者と一緒に花巻のおみやげ用のカレーやジュースなども作っているそうです。情報通信という現代には不可欠な最先端の技術と、農業という先人の知恵や技の積み重ねで食を生み出してきたなりわいの、いわばコラボな現場です。 

 実は開発のきっかけは、今回お話を伺った菅野さんご本人だったそう。兼業農家での収穫作業は主に土日になります。もちろん野菜たちはそんな人の都合を待ってくれるはずはなく、収穫の時期があわないと品質も収益もマイナスになってしまいます。時期を予測できたり、管理できるといいなあ、同じ悩みを持つ農家は多いはず。農業指導の面でも役に立ちたいという思いが、農をシステム化しようという試みへと進んでいったそうです。自然と人のつながりがあってこそのシステム作りで育っているトマトなんですね。

株式会社ネクスグループ

https://ncxxgroup.co.jp/

 

菅野さんおすすめトマトレシピ

黄いろのトマトは高糖度なので火を入れず、生のままがおすすめです。

切ってオリーブオイルと塩でシンプルに味わってみてください。

 

■トマトでなにかこしらえたもの

「銀河鉄道の夜」ではトマト料理が登場しています。ジョバンニのお姉さんの作る「トマトでなにかこしらえたもの」。

「……姉さんがね、トマトで何かこしらへてそこへ置いていったよ。」

「ではぼくたべよう。」

 ジョバンニは窓のところからトマトの皿をとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。

(「銀河鉄道の夜」)

 

 これはどんなお料理なのでしょう? 賢治ファンや、お料理好き、トマト好き、それぞれが思いをめぐらすことのできるごちそうです。

 「銀河鉄道の夜」を賢治が書いたと推測される大正13年頃には、家庭用の料理本にもトマト料理は出てきます。「トマトスチウ」(トマトシチュー)、「トマトビーフ(赤茄子肉詰)」「トマトソース(赤茄子の汁)」「トマトサラダ(赤茄子の酢物)」「トマトスープ(赤茄子の汁)」「スチュード、トマト(赤茄子牛酪煮)」「フライドトマト(赤茄子麺麭粉揚)」など、今味わってもおいしそうなものばかりです。

 さて、私が思う「トマトでなにかこしらえたもの」は、このお料理が登場する「銀河鉄道の夜」の本文の前後を読んでみると、パンと一緒にむしゃむしゃ食べられるもので、しばらく室温に置いておいても大丈夫なお料理、病気のお母さんでも食べられるもの・・・ということはある程度消化がよく、栄養もとれるもの。なにより家にある調味料を使って作れる素朴でささやかな簡単トマト料理ではないかと思うのです。

 そこでトマトをたっぷりつかった南フランスのラタトゥイユのような、軽い煮込み料理ではないかと想像して楽しんでいます。もちろん他のお料理も考えられますし、正しい答えは賢治さん本人に聞いてみるしかありません。想像力を膨らますことができるのも読書の楽しみのひとつですね。

 賢治さんがトマトをつくっていた頃から100年近くが過ぎた現在、トマトは一年を通して食べられている人気のある野菜のひとつになりました。

カラフルなトマトたち(ネクスファーム)

■畑の恵みを探しに 花巻の農の風景3

賢治さんに想いを馳せながら、畑に会いに行きました。

 JAいわて花巻の農の匠として主にキュウリの技術指導や情報発信など活躍されている石鳥谷の中村修さんの、キュウリとトマトの畑にお邪魔したのはちょうど夏野菜の最盛期でした。

 案内して下さったキュウリ畑はアーチ状になった柵に這わせる形になっていて、まるで緑のトンネルです。実がぶらんぶらんとゆれています。

 キュウリは成長が早いので、ハウスをふくめて6月下旬から雪が降り始める11月まで朝と夕それぞれ4時~5時頃に収穫するそうです。

 実は、賢治の作品にはきゅうりはあまり登場していません。「泉ある家」という短編の中で登場する夕食の膳に「幾片かの酸えた塩漬けの胡瓜」。そして春と修羅第3集「饗宴」ほかに登場する「酸っぱい胡瓜」。どちらも漬かりすぎた漬物の胡瓜ではないかと思います。

 けれども花巻のキュウリは瑞々しくて、生のまま味わうと美味。そして賢治さんの作品に登場するように塩漬けなどお漬物にしてもおいしいです。

 次に案内いただいたトマトは雨よけのためのハウスの中で育っていました。赤くなるとすぐ完熟してしまうので、青いうちに収穫して店頭に並ぶ頃一番おいしくなるように出荷するそうです。だから実っているのは青いトマト。これも品種改良の技なのですね。

 4月から収穫されていくトマトですが、「秋のトマトは失望させないよ」とのこと。秋から寒さが近づいてくる季節が、熟していくのがゆっくりで一番おいしいそうです。

中村さんのキュウリ簡単レシピ

「キュウリのピリ辛いため」食べやすい大きさに切ったキュウリと油揚げにトウガラシを加えて炒め、しょう油で味付けする夏の定番メニュー。

中村さんのトマトおすすめレシピ

トマトがたくさん手に入ったら、煮込んで塩と香辛料で軽く味付けしてトマトペーストに。ケチャップよりまろやかで、パスタにもおすすめ

■第1回 そろそろ閉店のお時間です

 バラエティ豊かな花巻の野菜畑、そして野菜たち。取材させていただいた生産者のみなさんと畑のことを思い出すと、ほおっと楽しい気持ちになります。

 なかでもトマトは、賢治さんの作品にもエピソードにもたくさん登場するので、紹介のスペースを多くとらせてたいただきましたが、あらためてトマト自体の表情も、つくりかたもいろいろ。生産者の方の技や愛情がそれぞれおいしさのエッセンスになっているんだなあと改めて感じることのできた取材になりました。

 しかしご紹介したのは本当にほんの一部です。

 このほかにも花巻ではたくさんの生産者の方々が野菜をつくっておられます。だから花巻にはもっともっと多様性のある農の風景が拡がっています。

 なんだかものたりないぞという方や、消化不良とおっしゃる方は、どうぞ宮沢賢治作品のページを開いてみてください。そして花巻の町や森や林の中へおでかけください。

 賢治さんの作品世界のたべものと、東北の食は、どちらもあたたかくて楽しく、ユーモアもある、しゃれた味をしています。このレストランが花巻のおいしいものと、宮沢賢治の作品世界を身近に親しみを持って楽しんでいただける機会になれば幸いです。

 お召し上がりいただきまして誠にありがとうございました。

 そして今回、夏の繁忙期にもかかわらず取材させていただいた生産者のみなさま本当にありがとうございました。

レストランは第2回へとつづきます。またのご来店をお待ち申し上げております。

花巻は、いいところ(やえはた自然農園)

※賢治作品の引用は『宮沢賢治全集 1~10』(ちくま文庫)に拠りました。ただし旧かなづかい等、一部改めて載せている点、ご了承ください。

 

私が書きました
中野由貴

花巻と宮沢賢治ファンの料理研究家
絵本・童話・食・宮沢賢治をテーマに創作、研究、執筆などを行っています。
著書に『宮澤賢治のレストラン』『宮澤賢治お菓子な国』(平凡社)、『にっぽんたねとりハンドブック』(共著・現代書館)ほか。
宮沢賢治学会会員、希望郷いわて文化大使。兵庫県在住。
花巻市民ではありませんが、イーハトーブ花巻出張所@兵庫(勝手に命名)から参加させていただきます。どうぞよろしくお願いします。