2012年6月25日、私は初めて台温泉を訪れました。昭和レトロな風情の温泉街を歩きまわり、中ほどにある水上旅館で日帰り入浴を楽しんだのです。薄暗い地下の浴室に私一人、ゆっくり温かいお風呂に浸かり、とても幸せなひと時を過ごしました。
さて帰ろうと玄関で靴を履いていると、帳場からおばあちゃんが出てきて「温泉玉子を作ったから食べていきなさい」と言いました。
私はお言葉に甘え玄関に腰をおろし、おばあちゃんと話し込みました。
おばあちゃんはとても優しかった。もちろん温泉玉子はとてもおいしかった。
「おばあちゃん、失礼ですが、おいくつですか?」
年を尋ねると、もう85を超える御年でした。
互いの身の上話や花巻のことを話し込み、私はおいとますることにしました。
「おばあちゃん、また来ますよ。いつまでもお元気でいらして下さい。」
私は幸せな気持ちに包まれながら、花巻駅行きのバスに乗り込みました。
何年か経ち、NHK-BSの「こころ旅」という番組で火野正平さんが水上旅館を訪れ、番組の中でおばあちゃんが病床に臥していることが伝えられました。
私は「またおばあちゃんに会ってみたい」と思い、その年の夏休みに水上旅館を訪れました。
すると、娘さんが出てきて、やはりおばあちゃんとは会うことができませんでした。おばあちゃんは、寝ているようでした。
初めて水上旅館を訪れてから、もう7年の月日が流れました。
台温泉のホームページの水上旅館の記事を読むと、
「名物おばあちゃんの意志を引き継ぐ娘さんが女将の宿」
と紹介されていました。
私は、おばあちゃんが作ってくれた温泉玉子をいただきながら、幸せなひと時を過ごしたあの時のことを忘れることができません。光