花巻市東和町の鏑八幡神社では、夏詣の季節を迎え、鳥居をくぐると頭上には色とりどりの風鈴が並び、涼やかな音色が参拝者を迎えます。
社務所で頒布されているのが、夏詣限定の切り絵御朱印です。Instagramで見かけ、これは実物を見てみたいと思い、足を運びました。ただ“映える”だけじゃない、そこには「夏詣」という半年の節目に祈る文化や、季節を目で、耳で感じてもらいたいという神社の思いがありました。さらに、宮沢賢治の作品を題材にした花巻ならではの切り絵御朱印や、思わず手に取りたくなるユニークなおみくじなど、境内にはさまざまな工夫が散りばめられています。
ここでしか手に入らない切り絵御朱印は、どのように生まれるのでしょうか。そして、季節ごとに訪れたくなる神社には、どんな思いが込められているのでしょうか。 鏑八幡神社の宮司・一ノ倉良祐さんにお話を伺いました。
クリームソーダで夏らしさと独自性を形に
夏詣限定の御朱印は、クリームソーダがモチーフ。

心ときめく夏詣限定“クリームソーダの切り絵御朱印”
エメラルドグリーンのグラスいっぱいに広がるソーダには、パチパチとはじける花火が切り抜かれています。アイスクリームはモクモクとした入道雲のよう。さくらんぼの代わりには、お祭りを思わせるヨーヨーが浮かびます。まるで夏の景色を一枚の御朱印に閉じ込めたようなデザイン。このクリームソーダには、見た目のかわいさだけではない、鏑八幡神社ならではのこだわりがありました。
「他の神社さんがやっていないことをやりたいという思いが、基本的にあって。あまり他の神社とかぶるような御朱印はやりたくない。」
和のイメージが強い御朱印ですが、だからこそ風鈴や朝顔ではなく、あえてクリームソーダを選びました。一ノ倉さんは「絵は全然描けない」と言います。それでも「こんな御朱印を作りたい」というイメージをデザイナーへ伝え、一緒に形にしていくのだそうです。
「炭酸のところは花火で、アイスクリームのところは入道雲だとどうでしょう、という提案は私からしました。」

切り絵御朱印の日付入れは手書きで
驚いたのは、制作期間です。クリームソーダの切り絵御朱印は、昨年12月ごろから打ち合わせが始まりました。2月ごろにラフが完成すると、「ここはこうしたい」「ああしたい」とイメージをすり合わせながら制作が進み、完成したのは4〜5月ごろ。一枚の切り絵御朱印ができあがるまで、約半年をかけているそうです。かわいらしい一枚の裏側には、じっくり時間をかけて形にしていくものづくりがありました。
宮沢賢治を描く御朱印 花巻ならではの世界観
鏑八幡神社では、一年を通して頒布されている切り絵御朱印も人気です。現在の定番は、宮沢賢治の代表作『銀河鉄道の夜』と『注文の多い料理店』をモチーフにした2種類。私も実際に目の前で見比べましたが、それぞれ世界観がまったく異なり、限定のクリームソーダも含めると「どれにしよう…」と本気で悩んでしまいました。一ノ倉さんも「何度も来てもらえたら」と笑顔を見せます。
実は、鏑八幡神社が最初に制作した切り絵御朱印は『銀河鉄道の夜』でした。神社最寄りのJR土沢駅は「銀河ステーション」の愛称で親しまれており、この土地ならではの題材です。

『銀河鉄道の夜』御朱印(画像提供:鏑八幡神社)
現在頒布されているデザインは、制作当初からデザインを一新したもの。深い藍色の夜空には、細かな切り絵で表現された銀河鉄道が走ります。よく見ると、作品に登場するさそり座、はくちょう座、南十字星のような星々が散りばめられ、作品の世界観を表しているのかも?と想像が膨らみました。

『注文の多い料理店』御朱印(画像提供:鏑八幡神社)
続いて制作された『注文の多い料理店』の切り絵御朱印は、版画のような温かみのあるタッチが印象的。この御朱印には、地域で受け継がれる縁が息づいていました。
きっかけは、宮沢賢治ゆかりの施設「林風舎」の宮沢和樹さんとの交流です。「『注文の多い料理店』をやりたい」という一ノ倉さんの思いから企画が動き出し、花巻市在住の版画家・菅原はじめさんが原画を制作。それをもとに切り絵御朱印へと仕上げられました。
一ノ倉さんは「こんなものを作りたいと思ったことを伝えて、それを形にしてくれる人がいないと、僕は何もできない」と話します。アイデアを描く人、形にする人、そして神社。さまざまな人の手が重なることで、ここでしか出会えない切り絵御朱印が生まれていました。

鏑八幡神社の由緒
その姿勢は、御朱印だけにとどまりません。境内のあちこちにも「また訪れたくなる神社」であるための工夫が散りばめられていました。
「夏詣」とは?風鈴や水みくじで季節を感じる
神社へ足を踏み入れて、最初に目に入ったのは「夏詣」と書かれたのぼり旗。初詣には馴染みがありますが、「夏詣」とは何なのでしょうか。

夏詣ののぼり旗が並ぶ
「夏詣とは、6月30日の『夏越の大祓』を経て、7月1日以降に神社へお参りし、過ぎた半年への感謝と、これから半年の無事を祈る新しい習慣です。初詣と一緒で、新しい気持ちで残り半年を過ごしていただきたいです。」
境内を歩いていると、「これは何だろう?」と足を止める場面が何度もありました。

「傘みくじ」は天気の悪い日限定
天気が悪い日だけ登場する「傘みくじ」は、手水舎のそばにそっと案内が置かれています。晴れの日には出会えない、ちょっと特別なおみくじのようです。

かわいい注意書きにも注目「ぴょん吉おみくじ」
さらに目を引いたのが「ぴょん吉おみくじ」。水辺をイメージした台の上には小さなカエルたちが並びます。思わず童心に返ってしまうかわいらしさです。

木づちで桃を割り厄を祓う「厄割桃」
そして「厄割桃」。木づちが添えられた白い桃が籠に置かれていて、説明を読むと、自分の厄や災いを桃に託し、木づちで割ることで厄を祓う神事にちなんだものだと分かりました。おみくじというより、一つの体験になりそうです。

水に浸すと文字が浮かぶ「水みくじ」
一ノ倉さんは「うちは、やるのが早いものって結構多いと思うんですよ」と話します。例えば、水に浮かべると文字が現れる「水みくじ」。鏑八幡神社では約10年前から取り入れており、当時としては珍しい取り組みだったそうです。

夏は風鈴の音色が涼やか
現在は風鈴が涼やかな音色を響かせていますが、春は提灯、秋は風車、冬はオーナメントと、境内の景色は季節ごとに変わります。
「立派な社殿でもないし、大きい境内でもない。だからこそ、季節を目で感じられるとか、耳で感じられるとか、そういった場所を目指しています。」

鏑八幡神社の参拝所
クリームソーダの切り絵御朱印に惹かれて訪れましたが、帰る頃には「次は違う季節にも来てみたい」と思っている自分がいました。月詣り御朱印を集めると授与される特別な切り絵御朱印もあり、また、新たなデザインの御朱印も企画中とのこと。
季節が変われば、境内の景色も、出会える御朱印も変わります。一枚の御朱印をきっかけに、何度でも足を運びたくなる。鏑八幡神社は、そんな楽しみ方ができる場所でした。





