宮沢賢治さんのゆかりの地として有名なイギリス海岸。まるで賢治作品の原風景ともいえる美しい場所です。
今回は、その場所を守り続けている方々をご紹介します。
「それは本たうは海岸ではなくて、いかにも海岸風をした川の崖です。」
(「イギリス海岸」 より)
イギリス海岸とは、北上川の本流と遠野のほうから北上山地を横切ってくる猿ヶ石川の合流点、そこから少し下ったところの西側に、石灰岩の泥岩が独特に露出している場所があって、その景色がドーバー海峡のイギリス側海岸断崖に似ていることから、賢治さんが名付けたのだそうです。それが、そのまま観光地の名前になっています。この場所は、有名な「銀河鉄道の夜」や「イギリス海岸」、「薤露青(かいろせい)」などの作品に影響を与えています。
近年では、水位が下がって渇水が起こらない限りは、賢治さんが思いをはせた頃のイギリス海岸は自然に見ることが出来なくなりました。
イギリス海岸の出現の試み
賢治さんの命日である、2018年9月21日。イギリス海岸を出現させる取り組みが、様々な方々の協力のもとで実現しました。平成19年から始まった取り組みで、今年12回目となります。賢治さんが生きていらした頃とは川をとりまく環境が大きく変わりました。
それでも、賢治さんの命日にイギリス海岸のかつての姿をたくさんの方に見せたい、という想いがある。農民の幸せをどんな時も願っていた賢治さんを語り継ごう、という熱意を感じました。
ドーバーファームの会
イギリス海岸の川のそばで、畑を管理されている方々がいます。白菜、キャベツ、里芋、大根、さつまいも、蕪、芭蕉菜など。そのどれもが大きく生き生きとしています。ここに集まる方は、ドーバーファームの会の皆さまで、お仕事を退職された方を中心に、畑で野菜を育てています。
「昔から洪水の被害が多かったこの畑は、土地が肥沃な為おいしい野菜ができるのです。しかし、今年は酷暑の影響で、野菜の苗がなかなか育たず苦労しました。」と代表の佐々木さんは話してくださいました。それでも土に立ち、畑仕事に励む姿は、私の想像するかつての賢治さんのようでした。
イギリス海岸周辺の環境保持もされていて、お花を植えたり、芝生をお手入れしたりと、いつも散策する方が気持ちよく楽しんで頂けるように尽くされています。また、観光に訪れた方にイギリス海岸を案内し、パンフレットを渡してくださったり、童話「銀河鉄道の夜」に登場する、バタグルミの化石を見せてくださったりといった、賢治さんを知っていただくための工夫もされています。
第18回 収穫祭
10月の最終日曜日に、毎年行われているイギリス海岸のイベントをご存知ですか?
今年も、イギリス海岸の畑で採れた大きくて新鮮な野菜を使った料理をふるまう収穫祭が行われました。
雨が心配されていましたが、開催時間には晴れ間が広がり川の水面がキラキラ光って、まるで収穫祭を賢治さんが喜んでくれているようです。親子でいらっしゃっている方が多く、子どもたちが楽しそうに走り回っています。
ドーバーファームで収穫された、新鮮で大きな野菜の販売は大好評で、人気の里芋はあっという間になくなりました。
そんな、特においしいとお墨付きの里芋を使った芋の子汁。これが収穫祭のメイン料理です。
芋の子汁を作るのは、主に地元の小舟渡地区のお母さま方。大きな鍋に、薪で火をおこして芋の子汁をてきぱきとこしらえます。子どもたちも大人たちもみんなワクワクしながら出来上がりを待っています。「できたよー!」という元気な声が聞こえると、一斉に集まってきました。
わたしも一杯頂くことに。
文句なしのおいしさ!
具沢山のお椀の中には、大きな里芋、豚肉、舞茸、ゴボウ、長ネギ、豆腐など。うわさの里芋はホクホクでやわらかく、口当たりもなめらかで絶品でした。「だしは何を使っているのですか?」との質問に、「企業秘密です」とユーモラスな回答。温かくて笑顔の素敵なお母さま方です。
もうひとつの楽しみは、もみ殻を使ってこしらえる焼き芋です。もみ殻はじわじわと時間をかけて燃えるため、芯まで熱が通りやすいのだとか。焼き芋といえば、落ち葉を集めてという方法しか知らなかった私は、この光景を見てまさか焼き芋をこしらえているとは思いませんでした。なんだか温かそうでほっこりします。
賢治さんは「イギリス海岸」という作品のなかで、賢治さんは百姓の仕事の中ではいちばん嫌がられる、麦こなしの作業についてこんな風に言っています。
そんな風に考えてはすみません。
私たちはどうにかしてできるだけ面白くそれをやらうと思ふのです。
(「イギリス海岸」より)
遠くはなれたイギリスのドーバー海峡に思いをはせ、太古の地層から昔の地球の姿や出来事を想像する。そんな空想旅行を、賢治さんは農業を教える傍ら生徒たちと楽しんでいました。
毎年変わらず行われてきた収穫祭。種まきからずっと、雨の日も風の日も見守ってきた畑の収穫された姿は、ドーバーファームの会の皆さまの誇りのように見えました。
※引用:「宮沢賢治全集・6」(ちくま文庫)