お米・雑穀・野菜・くだもの・畜産・酪農・お花・・・花巻の農の風景の中で育っているさまざまな食べ物。そしてそんな花巻をふるさとにもつ宮沢賢治の作品世界や食のエピソードから味わうことのできる、花巻のしゃれたエッセンスと、ゆるゆるした明るい時間。
知っているようで、知らないような。食べたことがないようで、あるような。そんな花巻の農と食×宮沢賢治が織りなす時空を超えたレストラン。どうぞごゆっくりお召し上がりください。
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
「注文の多い料理店」より
現代と、宮沢賢治の作品世界や時代背景では異なるところもあるでしょう。それでも花巻の光と風、土と水、そして農にとりくむ人たちの存在が、おいしさのエッセンスになっているのは今も昔も変わらないはず。そんな花巻の「農」×宮沢賢治の作品世界、食に関するエピソードなどに想いを馳せ、味わうレストランです。賢治がこれを食べたとか、料理したとか、ゆかりの、というご紹介ではありませんので、どうかそこはご承知ください。
当店は、どこかにあってどこにもないWEB上のこじんまりしたお店です。あしからず本日のメニューは決まっております。
第1回目は、花巻の畑の恵みと、トマトとキュウリをご用意させていただきました。
まず一皿目は「花巻の畑の恵み」から。
■「賢治さん」と呼ぶ町の、おいしいものたち
宮沢賢治は、その37年間の生涯のほとんどを花巻ですごしました。だからでしょうか花巻は賢治のことを「賢治さん」と呼ぶ町です。親しみのこもった、そのやわらかい言葉の響きを耳にする度、賢治さんの気配さえ感じます。それで当店でも賢治さんとお呼びすることにさせていただきます。
賢治さんの作品世界や自身のエピソードには、アイスクリームやチョコレート、オムレツやビフテキといった当時はハイカラ(西洋風を気取った流行のもの、ちょっとおしゃれなもの)だった食べ物から、雑穀、山菜、郷土料理など、東北の食文化と先人の智慧(ちえ)のつまった食べ物までたくさん登場しています。あなたはいくつご存知ですか?
■ちょっとレトロな町のごちそう
花巻は、いいところ。ちょっとレトロな町なみや、少し歩けば森や林、川の流れや広い空があります。爽やかな空気の中にお米に雑穀、野菜に果物、チーズにワイン、お花・・・おいしいものがたっぷりあります。そしてそんなごちそうたちを作っているのは、目の前に広がる畑や田んぼ、果樹園です。
バラエティにとんだ農の風景が、田んぼや畑の恵みが、くらす人のすぐそばに「普通に」あるのが花巻。その楽しさ、ありがたさ、そして美しさ。贅沢なことだと思います。
・・・というのも、このレストランでこの案内文を書いている私は、花巻在住者ではありません。兵庫県から花巻を訪ねています。きっかけは賢治作品に次々あらわれる食べ物に「おいしそうだなあ」と関心を持ったこと。そして宮沢賢治と食べ物の旅をするうち、花巻で出会う人や風景からたくさんの「贅沢」を教えてもらって、次第に花巻に魅せられていったからです。今では、すっかり花巻ファンです。
だから生意気ですが、あえていいます。花巻のみなさま、もっと「花巻自慢」をしてください。当レストランではそんな自慢話も隠し味にさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
■下ノ畑ニ居リマス 賢治
賢治さんの畑を訪問したことはありますか。
花巻空港の近くにある、花巻農業高校は宮沢賢治が教師として4年4カ月働いていた学校です(賢治が教師を始めた当初は稗貫農学校という名称で、現在とは別の場所にありました)。そして現在の花巻農業高校の敷地内には、羅須地人協会の建物が保存されています。ここは賢治が大正15(1926)年30歳のときに「教師をやめて本統の百姓になります」と依頼退職した後、活動を始めた場所です。その玄関の黒板には、こんな賢治さんからの伝言が。
下ノ畑ニ居リマス 賢治
羅須地人協会の建物は、もともとは宮沢家の別荘で桜町にありました。現在そこには高村光太郎が揮毫した「雨ニモマケズ」が刻まれた賢治詩碑が建てられています。
そこは小高い丘の上です。見下ろすと北上川の方向に一面田畑の拡がる風景が見えます。
下の畑はどこでしょう? 実はその遠くに見える北上川の手前あたりが下の畑。つまり、真下にあるわけではないのです。現在では「賢治自耕の地(下の畑)」という標識も立てられています。私の足では10分はかかる場所にあります。
だから畑にいるときは、誰かが家を訪ねてきても気がつかない距離なので伝言を書いておいたというわけ。賢治さんの心遣いです。
■西洋野菜の明るいエッセンス
賢治さんは、下の畑ではトマトをはじめ、セロリ、パセリ、レタス、ラディッシュなどの西洋野菜を作っていたそうです。収穫した野菜をリヤカーに積んで町に売りに行ったというエピソードもあります。
しかし丹精をこめて作った西洋野菜も、家族や周りの人たちからはその独特の香りで食べられないと人気がなかったよう。当時は花巻はもちろん、全国的にもまだまだ西洋野菜は物珍しい時代でした。また、その頃の日本の野菜はアクが強く、衛生面からも生のままで食べる習慣はほとんどなく、煮たり炊いたりする料理がほとんどでした。
そんな時代に、どうしてわざわざ西洋野菜を作っていたのでしょう。
盛岡高等農林学校で学んだ賢治さんは、当時の西洋の先端の農業についても学んでいたので、もともと西洋野菜にも知識や関心があったのでしょう。
そして、西洋野菜のもつ明るく鮮やかな色や形に「華やかさ」を感じ、賢治のおしゃれでハイカラな感覚への刺激になったり、また癒しにもなったのだと思います。
それから西洋野菜の味わい方。生のまま食すときのあの独特の香りや、ぱりぱり、しゃきしゃきとした食感を味わう食べ方にも関心があったのでは、と私は考えています。
というのも賢治の童話「注文の多い料理店」にこんな一節があります。
それともサラド(サラダ)はお嫌いですか。そんならこれから火をおこしてフライにしてあげましょうか。
このサラダ、本文によると「菜っ葉ももう塩でよくもんで置きました」という下ごしらえをしているので、生の葉っぱをつかっていることがわかります。
サラダにあまりなじみのない当時、この一皿は作品世界に西洋のおしゃれな雰囲気をただよわすエッセンスになったはず。そして、ぱりぱり、しゃきしゃきなサラダ特有の食感は、山猫たちの「食べる」イメージにつながっていくのかもしれません。
そうして現代の私たちをふりかえれば、その食生活は、賢治さんの時代とは正反対。野菜は煮炊きするより、生のままサラダでいただくことが多くなりました。サラダ用の野菜の品種も増えました。
・・・ということは、現代は明るい畑が増えたということでしょうか?
■畑の恵みを探しに 花巻の農の風景 1
賢治さんに想いを馳せながら、畑に会いに行きました。
7月某日、花巻の北にある石鳥谷の「やえはた自然農園」を訪ねました。雲がぽっかり浮かぶ空の下、田んぼでは稲たちがりんと立ち、畑ではトマトやキュウリなど夏野菜が実り、リンゴ畑のほうから涼しい風が吹いてきました。
農園主は藤根正悦さん・香里さん。「お米作りも野菜作りも育てていくという農の仕事はワクワクドキドキハラハラするよ」と正悦さん。案内していただいた田んぼには、ひとめぼれをはじめ、賢治の作品にも登場する陸羽132号も育っていました。
農園では農薬・肥料を使わない農法で15年以上、お米、野菜、小麦、大豆などを作っています。田んぼにクモの巣を見つけると「朝つゆに光っていたりするんだよなあ、ほらあそこにも、あそこにもあるでしょ」と稲ではなくてクモの案内に。まるで賢治さんの「十力の金剛石」みたいです。いいなあ。
育てた大豆はお味噌や醤油に、小麦は香里さんの手作りお菓子に、そんな畑と人のつながりを大切にされてきたお二人は、東日本大震災の経験から人と人のつながりの大切さをあらためて強く意識するようになったそうです。そして映画の自主上映会やミニライブなどを行い、この秋には農家カフェもオープン予定ということです。
畑と人の、目に見えないつながりを五感で感じ、育てておられるご夫妻は、畑で育つ命と同様、人と人のつながりをこれからすくすく育てていかれているのだなあと思いました。
やえはた自然農園 〒028-3142 花巻市石鳥谷町八重畑9-20-5 Tel:0198-46-9606
藤根正悦さん 香里さんおすすめ簡単トマトレシピ
「トマトのひややっこ」豆腐の上に輪切りにしたトマトをのせて、その上にあらみじんに刻んだ玉ねぎとバジルの葉をのせ、しょうゆか麺つゆをさっとまわしかけます。
「ベジカプレーゼ」豆腐をオリーブオイルか菜種油に一晩漬け、スライス。スライスしたトマトと一緒にもりつけ、軽く塩こしょうしていただきます。
■賢治さんの野菜畑
盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)で当時の先端の農業の知識を学び、稗貫農学校(現・花巻農業高等学校)で教鞭をとっていた賢治さんは、農業について、中でも農業指導は、童話や詩の創作と同じくらい身近な自身のライフワークになっていきました。
賢治の作品世界の中にも野菜畑がひろがっているのはそんな影響もあるのでしょう。畑で育つ野菜たちの多くは、実際、私たちがよく知っている野菜や穀物が登場しています。
童話に登場する畑は西洋野菜が植えられていることが多く、明るい畑がイメージできます。「黄いろのトマト」に登場するのはトマトだけではありません。登場人物のペムペルとネリの兄妹が作る畑には小麦やキャベツが育っています。「セロ弾きのゴーシュ」のゴーシュは水車小屋の周りで小さな畑を作っていてキャベツやトマトを栽培しています。「銀河鉄道の夜」には沿線上に、りんご畑やとうもろこし畑の風景が登場します。
そのほか賢治さんの童話や詩の数々の作品の行間からは、ケールやほうれん草、アスパラガス、キュウリなど私たちにおなじみの野菜たちがひょっこりと顔をだします。そして作品の中からは賢治さん自身が畑仕事をしながら、収穫の喜びを味わったり、農作業や田畑の風景に思いを寄せている場面もたくさん見つけることができます。
そんな賢治さんの作品世界に思いを馳せて、花巻の農の風景を楽しんでみてください。広い田畑の青空の下で深呼吸すると、それがもう、そこでしか味わえないごちそうだったりしますから。
・・・後編につづきます・・・
後編は、トマトとキュウリをご用意しています。
引き続きどうぞお召し上がりください。