今からちょうど一年前、私はイギリスにいた。
「のんびりRunの応募フォームが開いたよ!まっちーも是非来て!」とメッセージが来たが、泣く泣くお断り。大陸の向こうからFacebookを見て、ああ私も混ざりたい、東和のみんなが恋しいと、指をくわえているしかなかった。
その願いが、とうとう今年叶った。東和棚田のんびりRun2025!!
私は先日、日本に帰ってきた。そして、棚田が黄金に輝く季節がやってきた。これはもう、行くしかない。
前日9/20の朝、東京発新花巻行きの新幹線に飛び乗った。家を出る前に見た天気予報が伝えていたのは、盛岡の最高気温18度。しかも花巻では雨が降っているという。数ヶ月ぶりにヒートテックと薄い長袖を引っ張り出した。
東京駅でそんな格好をしていたら、少し汗ばむ。秋の花巻の空気は、どんなものだろう。
正午ごろ、新花巻駅に降り立った。なるほど、想像以上に空気が冷たい!雨も本格的に降っている。これは長袖を持ってきて正解だ。
久しぶりの冷たい風は、寒がりの私の体には少しだけ堪えた。
そんな中ではあるが、東和棚田のんびりRun実行委員のメンバー、そして今年も「東和創造学」の総合学習の一環でボランティアを買って出てくれた東和中学校の生徒さん達は、着々と準備作業を進めてくださっていたという。
今年は通常のハーフに加えて、親子ショートやシニアショートといったショートコースも用意。その分、事前の作業も多い。
ランナーやボランティアの皆さんに配るグッズの準備、各エイドに配置する道具の仕分けといった地道な作業から、走路の白線引きや看板の杭打ちといった外作業まで。用意しなければならないものは多岐に渡る。
雨が作業を難航させていたにもかかわらず、驚くべきことに、私が東和温泉に着いた午後にはかなりの作業が既に終わっていた。
これも、皆さんの熱意が結集してこそ。この前日準備段階から、東和の底力に感服してしまった。
走路を決めて、エイドを立てて、それで終わり、というわけではない。途中のトイレのポイントをどうするか。急病人が出てしまった場合はどうするか。クマやサルなどの鳥獣が出た場合はどうするか。半日のイベントを行うだけでも、想定しなければならないことは山ほどある。その一つ一つに対処するため、前回の棚田ランから一年、準備を重ねてきた。
協力してくれる方々へのお礼も欠かさない。来賓や協賛の皆さんへのお礼はもちろん、各エイド近くでトイレを貸してくださった方々にも、お礼で配る用のトイレットペーパーも配布するという。
当たり前のように見えて、とても細やかな心遣い。自分が何か人に協力してもらったとき、どれだけの気配りができているだろう。東和の皆さんには、見習いたいことがたくさんだ。
東和中生たちの協力も得ながら午前に進めた作業のお陰で、午後の準備は比較的早く終了した。明日、1番早いスタッフは朝4時に東和温泉集合。今日は明日に備えて早く寝よう。
問題は…そう、この雨雲。私が新花巻に着いたときに既に降っていた雨は、この夕方にはさらに勢いを増している。
この雨がどうか今晩中に降りきってくれますように。
翌朝。昨晩までの不安をよそに、秋晴れの清々しい空と爽やかな空気が東和に広がっていた。
暑すぎも寒すぎもせず、ちょうどいい気温と風。お天道様が、東和とランナーの皆さんをようこそと歓迎しているようだった。
受付では、東和中学校の生徒の皆さんが笑顔でランナーやボランティアの方々を迎えてくれていた。
それだけではなく、ランナーの皆さんに味噌ブラウニーをおすそ分け。「棚田ランを盛り上げるために何かがしたい」との中学生の発案で、地元の皆さんのアドバイスのもと試行錯誤でレシピを作り上げ、前日から仕込んで当日ランナーの皆さんに配れるようにしたという。
原材料は佐々長醸造の味噌はじめ、東和町産にこだわる。東和のため、参加者の皆さんのため、という中学生たちの熱い想いが伝わる。
その横には、のんびりRunグッズの販売も。今年のTシャツは、紫・白・ネイビーにピンク文字と、スタイリッシュな色合い。
そして新たに、棚田Run ロゴ入りトートバッグと熊鈴も登場。これがあれば、今日の日の思い出をいつどこにでも持ち運ぶことができる。熊だってきっとへっちゃらだ。
青空の下行われた開会式には、花巻市や花巻市議会議員、とうわ地域資源開発公社の方々も来賓として駆けつけてくださった。
みんなで、記念写真をパチリ。
さて、朝8:00、いよいよスタートのとき。
3、2、1…ぶおおーーーっっっ。法螺貝の逞しい合図とともに、百姓一揆の農民たちが出発した。
少し走るとそこには…黄金色に光る田んぼ、田んぼ、田んぼ。自然、虫の声、爽やかな風。東和でしか出会えない風景が、そこにはあった。
ああなんて、この土地は美しいのだろう。そう思いを馳せながら走っていると、早速第1エイドが見えてきた。
最初にランナー達をお迎えしてくれるのは、つたの輪の紫蘇ジュースだ。
一口飲めば、爽やかな紫蘇の香りが口いっぱいに広がる。ランナー達の最初の水分補給にはもってこいだ。
ランナーの皆さんがお待ちかねだったエイドのトップバッターということで、笑顔と活気が広がる。
だがしかし、ここからが棚田ランの正念場。
棚田があるということは、坂があるということ。ほかの平坦な道でのマラソン大会では中々ないであろうアップダウンの道が、ランナー達を待ち構える。
そんなランナーを助けてくれるのが、エイドでのエネルギーチャージだ。
第2エイドは、つくし工房のおこわがんづき。通常の蒸しパンのようながんづきとはちょっと違い、お米のおこわからできている。この甘じょっぱい優しい味わいは、都会では絶対に味わえない。
お次の第3エイドには、たかすどう産土農産加工のお漬物。汗を流すランナー達の塩分チャージを助けてくれる。
さあ、折り返し地点の丹内山神社までは登り坂の佳境。ランナー達の息も上がってくる。
頑張って坂を登ったランナー達を待っていてくれるのは、東和の冷たいご褒美。折り返しの第4エイドで配られるのは、道の駅名物、佐々長醸造の味噌を使った味噌ソフトだ。
「これが食べたくてここまで来たんだよ〜。」
「なんだこりゃ!甘じょっぱくてうんめえ」
ソフトを頬張って笑顔になるランナーさん達を見て、エイドをやっているこちらまで嬉しくなってくる。
さあここから後半戦。ファイト!
ここから棚田ビューポイントまで一直線。
その前に、第5エイドの旧小原家住宅で、谷内伝承工房館のミョウガの葉焼きをいただく。
これは中々東京では聞き馴染みがないが、もち米粉、小麦粉や砂糖などを練った生地をミョウガの葉で包んだ東北の郷土料理だ。
葉っぱを開けると、ミョウガの香りと生地の甘い風味がふわっと広がる。小原家住宅の曲がり家も相まって、田舎の実家に帰ってきたような優しい気持ちになれる。
ここから、緩やかなアップダウン。後半に差し掛かってのこの道は、ランナー達の体に堪える。
しかし、それを乗り越えて見えるのは…
棚田ビューポイント。
見渡す限り、金色の穂波が輝く。それに釣られて、ランナー達の笑顔も輝く。
ここばかりは急ぐ足を止めて、記念に写真をパチリ。
私が最初に東和を好きになったのも、ここの棚田を見てからだった。ここは私の東和物語が始まった場所。
そんなこの棚田の素晴らしさを、外から来たランナーの皆さんと共有することができた喜び。誰かの新たな東和物語も、またこの場所から始まるのだろうか。
ここでは、第6エイドのなんぶ平野農園さんのりんごジュースも提供される。
棚田の絶景の真ん中で飲む甘酸っぱいりんごの味わいは最高だ。
さあ、ビューポイントを越えてラストスパート。
と思いきや、何やら事前の案内では見覚えのないエイドが見えてきた。
赤と黄色のカラフルなスイカだ。
これは、棚田ランの実行委員会として準備したエイドではない。地元の方が、今日遠くから来て頑張るランナーさん達にと用意してくれた、いわゆる「自主エイド」だ。
頼まなくても、みんなのためにと出動してくださる東和町民の方々の優しさ。棚田の風景や食べ物だけでなく、こんなホスピタリティも東和町の魅力だ。
さて、スイカでミネラル補給したら、本当にラストスパート。東和の豊かな自然に囲まれた小道を進んでいく。
すると第7エイド、おでって工房の米粉パンが見えてくる。
これ、ただのパンと思って侮るなかれ。普通のパンとは違うもちっとした食感と、ほのかな甘さがたまらない。
ランナーの皆さんも「おいしい」と笑顔。ちなみに私も、おでって工房の米粉パンは昔からの大ファンだ。
ここまで食べたら、お腹いっぱい。運動しているかと思いきや、美味しいエイドがたくさん待ち受けているので、カロリー消費しているか蓄えているか、最終的にはよく分からない。でも、そういうマラソン大会があってもいいじゃないか。そんなところも、「のんびり」Runたるゆえんである。
次のエイドが本当に最後。ファーマーファーマーさんの、りんご酢モヒートだ。
モヒートという名前ではあるが、アルコールは不使用。りんご酢とライムのフルーティーな味わいが、山道を乗り越えてきたランナー達の疲れを癒す。
これで最後、頑張れるぞ!
残り3km。沿道の皆さんの声援と東和の風を受けて、最後の力を振り絞る。
さあ、ゴールの東和温泉の建物が見えてきた。あとちょっと、走り抜けて!
そして、
ゴール。お楽しみ様でした!
無事完走したランナーの皆さんには、東和中生から完走証が手渡される。
山道の中の21.6kmを走ることは、並大抵の体力ではできない、とてもすごいこと。それをやりきったランナーの方々には、尊敬の一言しかない。
走りきった後は、東和温泉でひとっ風呂。
さっぱりしたら、ケバブやパン、キッシュ、コーヒーなどでお腹を満たすこともできる。
更に、東和棚田ランオリジナル缶バッジの製作ができるコーナーも。一年に一度の東和のお祭りだ。
完走した喜びを分かち合いながら、東和を楽しみきったランナー達は思い思いの時間を過ごしていた。
今年は、ハーフ200名、親子ショート23組、シニアショート13名が棚田ランに参加。
ちょうど7年前、棚田ランが始まったときの参加者は68名。その時と比べたら、3倍以上にも登る方々が参加したことになる。
東和棚田ランの進化は、まだ止まらない。
規模が大きくなれば、それだけ準備も大変だ。
だが、それでも、東和町民の力を結集して、一つのイベントを完成させる。棚田ラン実行委員会の皆さんの力だけではない。受付やエイドに立ってくれた東和中生。遠くから来ていただいたボランティアの方々。協賛を頂いた皆様。ランナーの疲れを癒してくれた出店の方々。エイドの設営や先導のためにトラックを出動させてくれた地元の皆さん。エイド近くの建物のトイレを貸してくださった皆様。交通安全に万全を期す警察の皆さん。熊や猿などの鳥獣に目を光らす猟友会の方々。まさかの自主エイドでスイカを振る舞ってくれた方々。沿道で旗を振って応援してくれた皆さま…
みんなが、それぞれの立場で「自分には何ができるだろう」を考えて、この日を盛り上げてくれた。1人として欠けていては、この棚田ランは成立しない。
棚田の風景、美味しい食べ物、歴史、温泉、どれも東和の代え難い魅力だ。
だが、東和が東和たる最大のゆえんは、どんなに遠くから来た人たちも引き込んで東和町ファミリーにしてしまう、その温かさにあると思う。
私は去年までイギリス中を旅したけど、自信を持って言える。こんな町はどこにもない。東和町に帰ってこないと、やっぱり私はだめだ。
去年はザーザー降りの大雨の中の開催となった棚田ラン。今年は爽やかな秋晴れに恵まれ、その雨は、みんなの笑顔という名の虹に変わった。
この虹が、来年もきっとまた見られますように。