まきまき花巻見たい花巻の漆職人「工房汽水」
花巻の漆職人「工房汽水」
262 まき
このエントリーをはてなブックマークに追加

地元花巻で漆を生業にしている若い職人がいる。
花巻で工房を構え、漆の「塗り」をメインに行う佐々木春奈さん。

「塗り」とは、木地(漆を塗る前の木材)に朱や黒の漆を塗ること。
今回は実際に「塗り」の様子も拝見。漆の繊細さと春奈さんの漆に対する思いを伺った。

 

漆器の種類

漆を塗る方法はいくつかあるが、普段私たちが目にする漆器は主に以下の2つ。黒やベンガラなどの漆を塗り重ねて制作する「漆塗り」によるものと、木地に透明な生漆を塗り重ね、木目を生かした「拭き漆」である。

春奈さんは主に「漆塗り」で作品を制作しているため、ここでは「漆塗り」の工程について説明する。

 

 

▲宙模様シリーズの酒器。内側が「漆塗り」、外側が「拭き漆」である。拭き漆は木目を生かしているのが分かる。

 

漆塗りの工程

まず、漆器制作には木地師が作った木地が届いてから主に

「木地調整(木地固めなどで木地を平ら、丈夫にする)」「下地(形状を整える)」「塗り(ベンガラ漆や黒漆を塗る)」の3工程を行う。

 

木地に薄めた生漆を染み込ませることによって、木を歪みにくくし、漆が木に染み込ませないようにする。この工程を「木地固め」という。

研いで平坦にした後に下地を塗り、その後はベンガラ漆を塗っては研いでを繰り返して完成する。

ベンガラを5回塗ると最強硬度になると言われており、春奈さんは5回塗り、最後に上塗り1回をして完成させる。

最後の上塗り(塗りの6回目)ではほこりなどの不純物が入ることが厳禁。ほこりが舞わない特別な部屋を借りて行う。とても繊細な作業である。

▲「漆風呂」漆を乾かすため湿度が一定に保たれている。他の職人から頂いた材料を使って春奈さん自身で制作したもの。

 

漆の世界に入るまで

母が伝統工芸好きだったため子どもの頃からなんとなく伝統工芸に対する意識はあった。

また、父が設計士で図面などを書いていることからも影響を受けた。中学の時には物を作る仕事をやろうと考えていた春奈さんは工業系の高校に進学する。その後、デザインをやりたいという思いから産業技術短期大学校の産業デザイン科へ。

短大時代は特に南部鉄器や漆に興味があった。

短大の卒業制作では南部鉄器について研究するほどであった春奈さんは南部鉄器をつくる鋳造(ちゅうぞう)の方に進もうと考えていた。そんな中とある展示会で南部鉄器に沈金(ちんきん)という漆加飾の技法を施した作品をみて衝撃を受ける。

漆をやれば、漆もできるし鉄器もできる。そんな思いから漆の道に進むことを決意。安代漆工技術研究センターで研修を受けることとなる。

 

研修から工房の立ち上げ

安代漆工技術研究センターでは2年間(2015年2016年)の研修を受け、その後1年間安比塗漆器工房で商品開発から販売まで実践的なことを学んだ。

センターで学んだことは道具の作り方から漆塗りの様々な工程までと幅広い。

▲「定盤」(漆の作業台)。漆でコーティングされているため漆が中に染み込んで取れなくなることがない。また、傷がついた場合でも漆の技法で修復できるため使い勝手が良い。足の部分はセンターで最初に作ったもの。

 

研修後の2018年に独立し工房汽水を構える。

花巻に帰って漆をやりたいと言うと周りの色々な人が助けてくれたという。道具なども譲ってもらったものが多く、それを自分の工房で見るたびに頑張らなきゃと自分を奮い立たせる。

▲こちらの箸塗り用の台と筆も職人から頂いたもの。

 

春奈さんの作品

椀からブローチや酒器など幅広くこだわりがあるものを作る春奈さん。

その代表作が「こもり椀」である。

 

【こもり椀】

工房での研修の際に木地のデザインから販売まで行った初めての商品。普段使われている一般的な椀よりは小さいが子ども用の椀よりは大きいサイズ。

祖父の腕が不自由で椀を持ちにくい様子を見ていた春奈さん。祖父は糖尿病も患っており、少ししか食べられなかった。大きい椀に少しのものしか入ってなかったら余計少なく見える。そこでこもり椀のサイズがちょうどよい。

大きすぎず小さすぎないので子どもの手にも持ちやすくなっており、幅広い人に使ってもらえる。

「こもり」には「子守り」と「小盛」の両方の意味が込められている。

▲こもり椀。サイズ感がちょうどよく、底の部分に手が引っかかって持ちやすい。

 

この「こもり椀」、一般的な漆椀と比べ内側が急に立ち上がる形状であるため、塗りに関しては難しいとされている。しかし、春奈さんは最初からこのこもり椀で塗りをしていたため、逆にこもり椀の方が塗りやすいという。

 

【宙(そら)模様シリーズ】

もう一つ、春奈さんを象徴するのが「宙模様シリーズ」。

宇宙が好きなことから生まれたこのシリーズは、青と白の色漆を使いグラデーションで宇宙を表現。ブローチや酒器を制作している。

▲「宙模様シリーズ」の酒器。色漆ならではの独特な色合いとグラデーションが美しい。

 

この青と白の境目に注目してほしい。この綺麗なグラデーションはスポンジで叩きつけることで表現しているという。

花巻生まれ花巻育ちの春奈さん。「宇宙が好きなのは宮沢賢治の影響を受けているのかもしれない」と話していた。

▲丸いブローチは厚紙を重ね合わせて制作。金属のブローチと異なり、軽いため付けても垂れてこない。青は「夜空」、赤は「夕焼け」、黄色は「黄昏」、緑は「緑閃(グリーンフラッシュ)」という名前がついている。

 

 【その他の作品】

漆の箸を制作する際に切り落とされる部分を用いてブローチや箸置きとして活用した、「箸の端ブローチ/箸置き」。

丼もの用が欲しいという声から生まれたこもり椀よりも一回り大きいお椀。

その他、注文が入り剣道の胴を漆でコーティングするなど、様々なものを制作している。

▲(上)大きめのお椀(作業工程中のもの) /(左)箸の端箸置き /(右)センター時代に制作した木地蒔絵の作品(にわとりの毛並みを刷毛目をあえて残すことで表現している)

 

普段私たちがよく見る赤(朱)や黒の漆は、漆に顔料を混ぜて着色したもので、生漆(きうるし)と呼ばれる木から採取した状態の漆は茶色である。

その生漆を精製したものに顔料を混ぜることで色々な色が表現できるのだが、元の漆の色から染めるため漆独特の色合いが出る。

こもり椀の上塗りでは朱と溜(ため)、宙模様シリーズでは主に青や白の色漆を使っている春奈さん。

宇宙を漆の青でどう表現するか今も模索しているという。
 

▲ベンガラ漆を塗っている様子。ベンガラは酸化鉄が入っているため乾きやすい。

漆はゆっくり乾かすと薄い色に、早く乾かすと濃くなったりと、漆での色の表現は奥が深い。

また、漆黒はほかの色漆と比べて特殊で、漆の中に鉄を入れて反応させることで黒を出す(その後鉄の成分だけ取り出す)。そのため顔料は使っていない。

 

▲様々な色漆。写真右下がベンガラ漆。

 

道具

 【刷毛(はけ)】

塗りの工程では刷毛という道具を主に使う。

刷毛の素材は人の髪の毛。不純物が入ることは絶対に避けたい漆において、長い毛が入っていることで毛が抜ける心配もなく安心して使える。

油で刷毛を洗う際にその油が持ち手の木に染み込まないようにするため、持ち手は漆でコーティングする。ざらざらで刷毛が持ちやすいというメリットもある。

奥まで毛が入っているため、消耗してきたら木を削って中の毛を使う。鉛筆のような使い方ができる。

 

加飾に使う蒔絵筆はネズミの毛を利用していて、塗りに使う刷毛は人の毛を利用している。一口に漆と言っても、作業によって適している材料が異なるのである。「先人が積み重ねた試行錯誤の結果残っている手法なので、一番適しているのだろう」と春奈さん。

刷毛は漆器全体に塗る道具なので重たい漆を伸ばしやすいように人の毛を強く束ねている。

→蒔絵筆に関しては

【花巻の漆工房「地神」https://makimaki-hanamaki.com/6238】を参照

▲刷毛には主に本通し(写真両側)と半通し(写真中央)の2種類がある。本通しは持ち手の奥まで毛が入っていて、半通しは持ち手の半分まで毛が入っている。

 

その他に金粉を蒔く時に使う「粉筒(ふんづつ)」・金箔を挟んで移動する「箔挟み(はくはさみ)」・艶を出すために金粉を磨く「鯛牙(たいきば)の磨き棒」(箸の先に牙を付けたもの)なども拝見。

鯛牙はなんと春奈さんの父親が釣り上げた鯛から拝借したもの。

これらの道具はセンター時代に自分で作ったものをそのまま利用している。

▲(上)「粉筒」(左)「箔挟み」(右)「鯛牙の磨き棒」

 

他にも「バンカキ」と呼ばれる木の凹凸を取る道具や「突きノミ」と呼ばれる木を削る道具なども。突きノミに関しては彫刻刀で代用している。

これらの道具は作っている職人が少ないため、道具の最終的な調整(バンカキの場合、使いやすいように先端部を自分で折り曲げる)は自分ですることも多い。

▲バンカキと突きノミ。研修時に使っていたもの。

 

漆の片づけ

上板に残った漆をヘラを使って取るのだが、ヘラの切れが良くないと漆がうまく取れず無駄になってしまう。そのため、漆を学ぶ際はまず最初にヘラの扱いを学ぶ。

加飾師の髙橋さんもそうであったが、漆が貴重なものだとわかっているからこそ、漆を大事に扱うというのは共通しているのだろう。

▲漆をヘラですくい取る様子。

 

春奈さんの思い

「若い人にも漆の面白さを知ってもらいたい」という春奈さん。

春奈さんは母校で漆について教えているのだが、その際に漆に少しでも興味を持ってもらうように漆に関する色々な話題について話している。

鎧や刀剣に漆が使われていた話や漆の道具についてなど、どこかに少しでも興味を持つポイントがあり、そこから漆に関心を持ってくれたら嬉しいという。

 

漆も文化圏によって発展の仕方が異なり、武具や刀を作ることで発展したところ、温泉街のお土産品から発展したところなど、その産地が成り立った理由がある。

きらびやかな装飾のところもあれば、生活雑器としての特徴が残っているところなど、産地ごとに見ていくと差があって面白いという春奈さん。

産地によって文化も違えば技法も違う。さらに作っている人によっても特徴がでるのだがら漆器は文字通り十人十色である。

乾いていない漆は触ってかぶれることから厄払いの効果があると信じられていて、各分野に使われていたり、自然界の塗料だと一番固くなるものが漆だから刀の鞘や鎧にも使われていたり、漆が使われている理由はさまざまある。

 

このように漆に関する興味深い話を語ってくれた春奈さん。

「とある漆職人にファンがつくとして、その職人が年を取るにつれてファンも同様に年を重ねていく。そんな中若いファンを増やさないと漆に関心のある人がいなくなってしまう。」

春奈さん自身も元々は漆を全く知らない状態で漆の世界に飛び込んできた。しかし、漆に触れてみて「漆って結構面白いじゃん」という気づきがあった。

そのような経験から漆を知らない人の気持ちもわかるという春奈さん。

そんな春奈さんだからこそ、漆を知ってほしいという思いが強いのだろう。

 

今後の制作について

時間がある内にやりたいものを色々試したいという春奈さん。

現在はアクセサリーを試作中。今後は小さいお皿などの食器も作りたいという。

▲キツネ面に絵付けを施したもの。

 

また、漆の体験についても考えを巡らせている。

漆は塗ってから乾燥させるまでしばらくの時間を要するため、通常の体験だとその日に持ち帰ることはできない。

そこで、ビンの内側に漆で絵を描くことで乾燥する前に持ち帰ることが可能となる。また、漆にかぶれる可能性も極力少なくできる。

さらに、漆が空気にふれることで時間経過による色の変化も見ることができる。

今は試作段階だが、この体験が今後実現するのが楽しみである。

▲漆の体験の試作品。ビンにも漆で絵を描くことができる。

現在は蒔絵についても教わっているという春奈さん。
興味が尽きなく、何か新しいことができればと模索する春奈さんの心意気に感銘を受けた。

 

工房汽水の由来

「汽水(きすい)」とは、海水と淡水が混じり合っている水域のことで、主に河口などが該当する。

今まで培った技術や技法を混ぜ合わせてより良い漆製品を作りたいという思いと、漆器を作る人とその漆器を使う人、そして漆を知らなかった人を結べる人になりたいという思いから名付けた。

「こっち(漆の世界)に足を踏み入れるきっかけになってくれれば」と語る春奈さん。漆を知ってほしいという思いがひしひしと伝わってきた。

 

販売について

春奈さんの作品はデパートなどで行われる漆器の販売会などの催事で販売している。
来年、東和町で開催される土澤アートクラフトフェアにも出店予定。
また、安比塗漆器工房でも販売している。

春奈さんの作品はinstagramでも見られる。
ぜひ下の概要欄からチェックしてみてほしい。

 

 

※花巻で漆の加飾と修繕を行う、「漆工房 地神」の記事はこちら
https://makimaki-hanamaki.com/6238

※東和で和紙の紙漉きを行う、「成島和紙」の記事はこちら
https://makimaki-hanamaki.com/6033

※花巻でこけし制作を行う、「煤孫こけし」の記事はこちら
https://makimaki-hanamaki.com/5404

私が書きました
今野陽介

花巻市地域おこし協力隊。
花巻の工芸品、民芸品が好き。
2019年10月から花巻に住んでます。