まきまき花巻参加したい味噌を仕込めば東和に春来たり
味噌を仕込めば東和に春来たり
109 まき
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東和、谷内の田園にそびえ立つ旧小原家住宅。
南部の暮らしの面影を外にも内にも色濃く残すこの曲り家は、いつでも帰って来たくなる私の心のふるさとだ。

2月、半ばも少し過ぎたころ。

今年もこの場で、東和町グリーン・ツーリズム運営協議会主催のもと、地域内外の方々を集めて自分だけの手前味噌づくりが行われた。


囲炉裏の煙香る曲がり家の奥で待っているのは、こたつ、漬物、幾種類もの味噌。これに加えて、鍋いっぱいの甘酒が体を温めてくれる。
きりせんしょ、そしてこの時期には欠かせない色鮮やかなひな餅も用意されていた。
畳の居間に並べられた地元のお母さん方の心づくしは、まるで「おかえり」と私たちを迎えてくれているよう。これも、味噌を仕込む前の毎年恒例の楽しみだ。

数々の東和のこびり達に舌鼓を打てば、いよいよ味噌づくりの始まりだ。
茹でたてのまだ温かい大豆を、全身を使って潰していく。

靴下で豆の上に立つと、ほんのり温かさが伝わってくる。心までほっこりするようだ。

豆の形が見えなくなったら、お次は米麹をすり潰していく作業だ。

麹が一粒一粒さらさらになったと思い、大豆と混ぜていこうとすると、
「まだ米つぶの塊が残ってるだろうが!」
と、去年に引き続き厳しい喝が入った。
2年間東和に通い続け、もう心も体も東和町民と思っていたが、その道の達人から見れば、まだまだ私など未熟者の甘ちゃんだったようだ。
師匠の手も借りながらもう一度一粒一粒を確認し、ようやくゴーサインをもらった。


続いて、大豆と麹のかたまりを一つ一つハンバーグ状にし、空気を抜いていく。
修行を積んだほかのお母さん方と比べると、私の手はうんと小さい。その分、時間もかかる。

こちらも頼もしい師匠の助けを得ながら、やっとのことで作業を終えた。

この小さな味噌ハンバーグ達を樽に詰め、塩を振りまき表面を平らにしたら、いよいよ完成が近づいてくる。


未熟者の私がどう頑張っても、表面に指の跡が残ってしまう。ここでもお母さん師匠の業を借り、最初から最後まで頼りきりになってしまった。
蓋を閉める前に白い布をかけるのだが、この作業にも相当の神経を使う。少しでも空気に触れると、カビが増殖してしまう危険があるので、布と味噌の間に隙間が出来ないようにする。手づくり味噌は、私たちが思う以上に繊細なのだ。

やっと出来上がった、東和の思い出がたくさん詰まった4kgの樽。
1年後にその蓋を開ければきっと、懐かしい香りが私の心をくすぐるだろう。

 

 

味噌づくりを終えた後には、花巻市シニア大学紙芝居クラブの皆さんによる紙芝居のはじまりはじまり。
物語も、絵も、そして紙芝居の木枠まで、全てが手作りだ。「若くていだい男」「節分の鬼だぢ」の二つのお話が、「昔あったずもな…」と、ゆっくりとした南部弁で語られた。
紙芝居など、幼稚園の時ぶりではないだろうか。でも、大人が見てもこんなに心が温まるものなんだ―。
二つのお話が「どんどはれ」と読み終えられたとき、思わず「次はなあに?」と子どものように尋ねてみたくなった。もっと聞きたい。紙芝居が片付けられていくのが、何となく寂しかった。

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今年の春の訪れは、少しばかり早い。
例年は雪で真っ白に覆われているはずの東和の棚田にも今年はその面影は既になく、木々たちも花を咲かせるのをまだかまだかと待ち望んでいる。


別れの足音が、近づいている。
私は、この3月で岩手を離れ、東京に戻らなければならない。

だけど、1年後には東和でつくった、東和の思い出がいっぱい詰まったお味噌汁をきっと飲むことができる。
そう思うと、お母さんにお味噌汁をよそってもらった時のように、心がぽっと温かくなるような気がした。
春の日差しとともに。

 

※写真一部提供:東和町グリーン・ツーリズム運営協議会

※旧小原家住宅は囲炉裏当番の方がいますので、ほぼ毎日無料で開放しています。

私が書きました
まっちー

神奈川県横浜市出身、25歳。2年間の期限付きで、東京から岩手県に出向中。盛岡市在住。ご縁あって花巻市、中でも東和町の大ファンに。