ふ 花巻駅から大通りを歩いていくと、古いながらも趣のあるお団子屋さんが目に入ります。ここは、もともと宮沢賢治さんの作品「春と修羅」が作られた活版所があった場所です。
活版所とは、活版印刷をする所のこと。活字を原稿どおりに並べて、木箱に入れて押さえ、印刷の原版に刷ります。最先端の文化的なものであると同時に、昔ながらの職人の仕事でもありました。宮沢賢治さんは「春と修羅」を自費出版するにあたって、花巻の「大正活版所」に依頼しました。当時はまだ、施設が十分でなかったため、盛岡の「山口活版所」にも自身で足を運んだり、活字を拾うのを手伝ったりしたそうです。その経験が、有名な童話作品「銀河鉄道の夜」にも生かされています。
現在は照井菓子店となっています。
お店の中に入ると、店主の奥様が笑顔で迎えてくれました。ご主人のお母さまが、戦後食べ物が少なかった時代に始めたそうです。その後、店を引き継ぎ手作りのおいしさにこだわりながら作り続けてきました。
ショーケースを見ると、個性的な張り紙が目に入ります。
「次の日は固くなり、うまくないです。当日に食べない人には売りません。」
ストレートですが、愛があります。
どことなく、宮沢賢治さんの童話「注文の多い料理店」の
「どなたもどうかお入り下さい。決してご遠慮は入りません」
というフレーズに雰囲気が似ていますね。
こちらのメニューは、近所の方がご好意で書いてくださったそうです。ひとつひとつのお団子のイラストも可愛くて目を引きます。
中の黒蜜がモチモチの生地に包まれている「経木まんじゅう」。ひらべったい形でくるみが入り、醤油味の「お茶餅」は、埼玉から移住した私にとって初めて目にするもので、とても新鮮でした。くるみゆべしもそうですが、花巻に来てからくるみを使ったお菓子によく遭遇します。
並べられたお団子を前に、「おいしそう!」と思わず声をあげると、「おいしそうじゃなくて、おいしいのよ。」と自信満々の声が。それを聞いたら買わずにはいられません。「98%のひとは、他の店より美味しいって言うわよ。」と満面の笑みです。こういうお人柄もこのお店の大きな魅力なのだと思います。
春と秋のお彼岸などには多くの注文が入り、忙しくされています。深夜から作業をされていることもあるのだそうです。お体のことを考えると本当に大変なのだろうなとひしひしと…。このおいしいお団子には、職人魂が染み込んでいるんだ、と胸が熱くなりました。
古くて趣のある外観は、普段何気なく通り過ぎてしまうことが多くなってしまいます。「お団子なんてインスタ映えしない、おしゃれなカフェでケーキのほうがいい。」と考えてしまいがちな時代ですが、見過ごしてはもったいない宝物が花巻には沢山あります。
多くのひとに愛されてきた照井菓子店へ足を運んでみませんか。
〈参考資料・一部引用〉
・賢治メルヘンの街・花巻ガイドブック(花巻商工会議所/賢治・星めぐりの街づくり推進協議会)
・宮沢賢治の童話と詩 森羅情報サービス(http://why.kenji.ne.jp/review/review319.html)
※今回の記事は、まきまき花巻市民ライター・高橋茉奈未さんと共同で作りました。
※照井菓子店は、2021年12月29日をもって閉店いたしました。