7月末日、農家の朝は早い。
陽が昇り間もない朝の5時。眠い目をこすりながら向かった先では、既に割烹着を来た母ちゃん達が忙しなく手を動かしていた。
東和町鷹巣堂にある「たかすどう産土(うぶすな)農産加工」。菅野徳主さん、和さんご夫婦が中心となり、地元の母ちゃん達と協力しながら味噌などのうんめえもんを丹精込めてつくっている。
この日は、冬に仕込んだ味噌の天地返しの作業の日だ。
味噌の熟成がある程度進んだ夏、樽の中の味噌の上下を入れ替える「天地返し」をすることによって、味噌が平等に空気に触れ、より深い味わいとなる。
しかし、ただ味噌をひっくり返すと言っても一筋縄に行くわけではない。大きい樽では、一樽60kg近くもの味噌が詰まっているのだ。
大きなヘラを何度も何度も樽の中に突っ込み、別の樽に移し替えていく。中身全部が移し終わったら、巨石と錯覚するような重さの樽を工房の玄関へと運び、表面を平らにならす作業だ。
仕上げに樽の表面をきれいに磨き、トラックによいしょと積み込みようやく完了。これを50樽分繰り返す。
あまりの体力勝負の作業の連続に、
「もっと機械で近代的に返す方法、ないのかねェ」
という声も上がったが、
「んだども、手づくりだからこそいいノス」
とすかさず返しが入った。
「その樽たないで、そっちサ持ってって!」
勢いの良い東和弁でそう言われきょとんとしている私に、「『たなぐ』は、『持ち上げる』ってことなのよ」と笑いながら教えてくれる場面もあった。
天地返しで味噌に吹き込まれるのは、空気だけではない。母ちゃん達の優しさ、愛情という隠し味を、母ちゃん達自身の手によって染みこませる作業でもあるのだ。
50樽全ての作業を終えたころには、腕にも腰にも痛みが走り、へとへとになっていた。今日は大仕事を成し遂げた。もう休もう―。
時計を見ると、午前10時半。まだこんな時間か!普段の休日であれば、朝食を終えてゆっくりしている頃だ。
朝早くからの作業と、母ちゃん達からの「よぐ頑張った」という言葉で、昼にもならないうちに一日を終えた充足感に満たされたのである。
片づけを終えたら、手製のあんずジュースをソーダで割って乾杯だ。
木の板の手作りの机の上に並ぶのは、ボウルいっぱいのブルーベリー、冷凍柿。夏の東和でしか食べられないごちそうばかりである。
今日返した味噌が、おいしく、おいしくなりますように。
味噌の天地返しの帰り道は、味噌で締めるしかない。
「道の駅とうわ」の味噌ソフトクリームである。
夏の東和では、老舗佐々長醸造の味噌のほかに飾り気のないこの素朴なソフトクリームこそが、何よりの自分へのご褒美だ。
美味しいソフトクリームを食べたとはいえ、慣れない力仕事から来る疲れは中々取れない。自宅に帰ったのち、気づけば10時間もの間眠りこけてしまった。
だが、一緒に味噌をひっくり返していたあの母ちゃん達は、私が寝ていた間も地域の夏祭りの準備に、夕飯の支度にと、また忙しく動き回っていたに違いない。
田舎の母ちゃんのたくましさ、したたかさ、そして温かさ。
東和の田舎みそは、なぜコクがあり優しい甘さもあるのか。「たかすどう産土農産加工」に来て手づくりの作業を共にすれば、その理由に気づくことができる。