花巻市内を流れる北上川は、ドーバー海峡の岸壁に似た泥岩層が露出するとして、宮沢賢治が命名したイギリス海岸があり、河川の両脇にはりんご畑や田畑が広がる一級河川です。
この北上川の環境整備等に協力する河川協力団体「北上川フィールドライフクラブ」 と、北上川やそのほとりで川遊びを手ほどきする「花巻スポーツランド」を運営するのが、白畑誠一(しらはたせいいち)さんです。長年にわたって北上川を見守り、その魅力を市内外へ伝え続けてきました。
今回は予定外の川遊びも体験させてもらいつつ、現在取り組んでいる「田瀬湖まちおこしプロジェクト」についてもお話を伺ってきました。
白畑さんの子供時代からの思い出や体験が形になった「花巻スポーツランド」
花巻市十二丁目地区にある花巻スポーツランドでは、主に水辺でのアウトドア体験を提供しています。北上川で釣り、カヌー、ラフティングなどが楽しめるほか、冬は雪の積もった河原をスノーバイクで走るなど雪遊びも満喫することができます。
運営する白畑さんは花巻市成田出身(1948年生まれ)。子供の頃はガキ大将で、北上川をたまり場にして友達とよく遊んでいたそうです。少し大きくなると買ってもらった自転車やバイクをばらばらにして父親に怒られたこともあったほど、物の構造や仕組みに関心があり、活発な少年時代を送っていました。
大人になってからもその感性はいかんなく発揮され、消防職員として働くかたわら、趣味でモトクロスを始めたり、キャンピングカーを改造して家族で日本一周の旅に何度も出かけたり、子ども以上に遊ぶ大人になりました。今では遊び心を忘れない“名物親父”です。
そんな白畑さんの、少年時代からの思い出や体験が存分に活かされているのが「花巻スポーツランド」。利用者は県外からのお客様のほうが多いと聞きますが、どういったきっかけで来られるのでしょうか。
「主に関東、関西からが多いね。『関東レク情報』(文科省所管の団体が発行している冊子)や『じゃらん』でも紹介されているし、クーポンが載った冊子を見て予約してくる人もいます。中でも多いのは修学旅行生。例えば仙台を起点に東北各地をバスで移動するコースがあって、その中でうちに寄って川遊びをしていく。花巻市内だとほかには石鳥谷で農業体験をしていく場合もあるね。今はどちらかというと見るだけより、何か体験していくプログラムにニーズがあると思う。 」
川での水遊びを巡る今と昔
白畑さんは続けます。
「自分たちの時代は川で遊ぶのは普通のことだったんだけど、昭和38年頃になると水遊びで命を落とす人が増えてきた。農薬や水銀などが川に流出するという公害もあった時代だね。それで安全に水遊びができるようにと、小学校にプールが出来始めたのもこの頃かな。」
2002年になると学習指導要領の改定により、いわゆる「ゆとり教育」が導入され、児童、生徒が自ら調べ、実験し、観察、討論するといった総合的な学習時間が多く取り入れられました。子どもたちの余暇時間が増えるという点からも、白畑さんは「昔のように子どもたちが川で遊ぶことが増えるかもしれない」と期待しましたが、変化はあまり見られなかったようです。
「自分は今68歳だけれども、時代背景を考えると、65歳以下は川で遊ぶのは危険だと教えられて育った人が多いはず。ゆとり教育は始まったけれど、川遊びを教えられる大人がいなくなってしまった。結局、国が川や水辺を活用しようと推奨し始めても、昔のようには誰も川で遊ばない。むしろ遊べないという状況になったね。」
川を巡る現状を憂う白畑さんですが、名物親父の行動力やバイタリティーは68歳になっても健在。長年、県外からの修学旅行生や観光客を案内し、「楽しかった!」と笑顔で帰る姿に、北上川の可能性を誰よりも確信していました。同時に、関係各所に“体験できる花巻”の観光企画も働きかけてきました。そのひとつで実を結びつつあるのが、次に紹介する「田瀬湖まちおこしプロジェクト」です。
地域にお金がたまる仕組みを!白畑さんが仲間と仕掛ける田瀬湖まちおこしプロジェクト
現在の花巻市は、2006年に石鳥谷町、大迫町、東和町、花巻市が合併してできた町ですが、合併前の1988年、旧東和町が国の認可を受ける形で、ダム湖である田瀬(たせ)湖周辺をリゾート化する400億円規模のプロジェクトに着手しました。白畑さんは当時まだ消防職員でしたが、昔からアウトドアに精通し、当時の町長と面識があったこともあり、この巨大プロジェクトに加わりました。当時の様子を振り返ります。
「田瀬湖をレイクリゾートにしようというプロジェクトで、ヨットハーバーもあって、ホバークラフトやハングライダーなんかもできるようにした。炊事場やバーベキューハウスも備えたオートキャンプ場もあるんだよ。ところが思ったほど使われなかった。きれいな状態で設備が残っていてもったいない。これを地域の人たちで運営して、少しでも地域にお金たまるようにしないかと花巻市に働きかけてきたけれど、最近それが『田瀬湖まちおこしプロジェクト』として動きだし、ようやく道が開けてきた。」
このプロジェクトでは田瀬湖周辺の遊休施設の補修、復旧に加えて、遊びを生み出す白畑さんならではの新たなアクティビティも準備中です。
「田瀬湖周辺は昔、冬場になると凍った路面上でワカサギ釣りができた。岩手だと今は岩洞湖(がんどうこ)のワカサギ釣りが有名だけど、実は田瀬湖のほうが早かった。温暖化で、田瀬湖のほうは凍るということがなくなったけれど、それならば、凍らない湖面を遊覧しながらワカサギ釣りができるようにと、今大きな筏(いかだ)を作ろうと計画中なんだよ。」
白畑さんによると、プラスチック製でできた浮桟橋を複数つなぐことで筏(いかだ)を作り、船で牽引することで遊覧を可能にするそうです。田瀬湖周辺は、夏は新緑、秋は紅葉もきれいなので、実現すれば、季節を問わず田瀬湖を楽しむことができます。白畑さんは今仲間とともに準備を進めていますが、プロジェクトはオープンなので、新たに加わることも可能です。
現在は地方紙がこのプロジェクトに密着するなど追い風が吹いていますが、風向きが変わったのには時代背景もあったようです。
「お金がある時代なら、余暇をどう過ごすかの選択肢も多い。リゾートなら海外でもいい。でも最近は低経済成長の時代だし、年収は低くても笑って暮らせたほうがいいという考えの人も増えている。お金と時間をかけて移動して短時間だけ楽しむより、近場のほうが少ないお金で長い時間遊べる。設備も、新しいものをつくるより、今あるものを活かそうという機運も高まってきているし。今という時代のほうが、利用者は増やせると思う。」
くしくも花巻市はリノベーションまちづくりの分野において先進地。時代の流れの中で、遊休施設を活用しようという動きが、白畑さんの長年の取り組みに追いついてきたのかもしれません。
見る「観光」から感じる「感幸」へ!もっと花巻を知ってほしい
取材も終盤に差し掛かった頃、白畑さんから「ちょっと乗ってみない?聞くのと体験するのでは全然違うから。」とお誘いを受け、北上川をボートで案内してもらうことになりました。
花巻スポーツランドの拠点は北上川のほとりから少しあがった丘の上。川までは写真(下)のようなトラクターにつながれた台車で移動します。途中、台風で上流から流れ着いた流木や道端に積もる木くずの説明がありました。
「このおかげで3年後にはこのあたりがカブトムシの森になると思うよ。大量発生するからね。」
流れ着いた土砂や流木のその先を知っているのは白畑さんならではです。
ボートに乗り北上川を上っていく途中で、また白畑さんが教えてくれました。
「今回はそこまでいけないけれど、もう少し北にいけばイギリス海岸がある。あちらは浸食も進んでいるんだけど、似たような岩肌はここでも見られるんだよ。あの地層の黒い線から上の時代に人間が登場したようだね。」
宮沢賢治が暮らした住まいに差し掛かる頃には、「今見えている花があるあたりが、有名な“下の畑(宮沢賢治が耕した畑)”。川から見るとまた違って見えるでしょう。」と解説。水辺での体験はとても気持ちのいい時間でした。
また、水辺までの移動途中で聞いたお話は好奇心をくすぐる内容で、「季節を変えてまた来たい」と思わせるものがありました。近くに暮らしていてもなかなか体験することのない機会でしたが、本来ならば白畑さんのような水辺の案内人がもっといてもいいのかもしれません。
最後に、白畑さんに花巻の魅力とともに、若い人に向けてメッセージをいただきました。
「田瀬湖のプロジェクトでは、見る『観光』から感じる『感幸』へ、というのをテーマに掲げています。自分には幸いにも昔から親しんだ川という強みがあるけれど、花巻の人も、何かしら地元の良さをプレゼンできるようにもっと花巻のことを知ってほしいですね。花巻にはまだ手つかずの自然がいっぱいありますから。そして百聞は一見に如かず。ぜひ北上川の自然を感じて、楽しんでほしい。」
白畑さんはインタビューの最中、同行していた花巻市出身の編集スタッフに対して、自身のアイディアを「やってみないか」と積極的に投げかける場面がたびたびありました。やる気があれば実践に至るまで力になってくれそうな心強い存在に感じられ、地域の将来を考えているのも伝わりました。白畑さんが提唱する「感幸」に共感した方は、「田瀬湖まちおこしプロジェクト」のお手伝いにいったり、北上川遊覧で遊びに行ったり、白畑さんに会って話を聞くことをお勧めします!