宮沢賢治の出身地である花巻には、市内至る所に宮沢賢治ゆかりの場所があります。その中の一つ、北上川西岸にある「イギリス海岸」は、川沿いに露出した泥岩層の景色が、イギリス・ドーバー海峡の白亜の海岸に似ていると、宮沢賢治が命名した場所です。残念ながら現在は川の水量が増え、渇水時にしかその景色を見る事ができませんが、たくさんの賢治ファンが訪れる場所です[※1]。
そんなイギリス海岸沿いに、春から秋限定で開く「くるみの森」という無料休憩所があります。高台に建つ民家を活用したこの休憩所は、地元のお母さんたちがボランティアで運営しています。私が訪ねた日は、小田島敬子さんと大仁田エトさんのお二人があたたかく迎えてくださいました。代表を務める小田島さんに「くるみの森」についてお話を伺いました。
イギリス海岸にお休み処をつくりたい
イギリス海岸の写真や宮沢賢治関連のものが飾られ、ちょっとした資料館のような室内。縁側からは穏やかに流れる北上川を眺めることが出来ます。この場所で、お茶をいただきながら、ボランティアのお母さんたちとおしゃべりをする時間は、心癒されるひと時です。
「くるみの森」が出来たのは、今から18年程前。代表の小田島さんが、イギリス海岸の近くで犬の散歩をしていた時に、観光客の男性に声をかけられた事がきっかけだったそうです。
「若い男の子が、『ここら辺でお茶やコーヒーを飲むところはありませんか』と聞いてきたの。(少し先にある)イトーヨーカドーまで行けばお茶は飲めると思うよと言ったら、『それならここで休んでいる方がいいな』と言われたんです」
イギリス海岸は、昔から宮沢賢治ゆかりの地として観光客がよく訪れる場所でした。しかし、訪れた人がお茶を飲んで休めるような所は近くにありませんでした。この若者の言葉がきっかけとなり、小田島さんはイギリス海岸に休憩所をつくろうと行動を起こします。
休憩所に使用できる民家はすぐに見つかったそうですが、最初は許可の問題等で、民家へ続く斜面に階段をつけることさえも一筋縄ではいかなかったそうです。しかし、小田島さんの息子さんやその友人、知り合いの方々も整備に協力してくれたことにより、無事「くるみの森」は完成しました。運営ボランティアのお母さんたちも、小田島さんの声がけや知り合いの紹介などで集まり、現在は10人程に。小田島さんは、「私はアイディアはあったけど、色んな人の協力があったから(くるみの森は)出来たんです」と、手伝ってくれた人たちへの感謝をしきりに口にしていました。
また来たくなる場所
「くるみの森」には、訪れた人がメッセージを書くノートが置いてあります。ノートには、全国各地、さらには海外の人まで、様々な感想が書かれています。書いてあるたくさんのメッセージを見て印象的だったのは、多くの人たちが“また来ます”という言葉を書いていることです。
「最近は、『インターネットで知った』って全国から来ますよ」と小田島さん。「くるみの森」を訪れるのは、観光サイトで情報を得て来る県外の方が多いそう。その一方で「花巻の人がなかなか来ない」そうで、地元の人ももっと気軽に来て欲しいと話していました。
気さくなお母さんたちとの語らいは、心がホッとあたたまります。観光客の方も、地元の方も、宮沢賢治ファンの方も、そうでない方も、ぜひ訪れてみてください。たくさんの人がノートに綴った言葉通り、一度訪れたら、きっとまた来たくなる場所です。
※1 毎年宮沢賢治の命日にあたる9月21日に、水量調整をして泥岩層を出現させる試みをしています。