まきまき花巻見たい田植えのお便り、東和から
田植えのお便り、東和から
291 まき
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気づけばもう、5月も終わり。
私の心の住所・東和町では、厳しい寒さと雪の冬が終わり、遅い桜も咲き、そして散った。
もう田植えの季節がやってきたのだ。



朝の9時、長靴をはいて全員集合。
今日は東和町小田農園で、地元民が集まり、田植えのお手伝いだ。

 

 

小田農園は、農薬を使わず合鴨農法にこだわりお米をつくる、安心安全を第一にした農家さんだ。
東和の清らかな水と愛くるしいカモに育てられたひとめぼれは、ふっくらとした炊き上がりとほんのりとした甘さが人気となっている。

みんながこれから体験するのは、昔ながらの手植えだ。
田植えも機械化が進み便利な世の中だが、泥の冷たさと感触を自分の肌で確かめながらの手植えも捨てがたいものである。


目印を頼りに等間隔で植えていく、あまり深く植え過ぎない。手植えのコツをレクチャーしてもらったら、いざ、田植えスタートだ。
広々とした田んぼの中に一斉に散らばり、泥んこになりながら思い思いに手植えを楽しんだ。

 

 

気づけば、自分の手元に集中してしまう。
泥が跳ねてズボンが少し汚れても、気にならなかった。
雄大な自然の中で、あっという間に時は流れていった。

その横で、お米づくりのプロたる小田農園のお父さんが、せっせと田植え機で田んぼを往復する。

息子さんも手伝いながら作業が進み、次々と小さな緑の苗が水面を覆っていった。

 

 

中には、田植えが初めてという方もいた。
長靴が泥にはまり歩きづらそうにしていると、
「つま先から抜くんだ」
と田植え師匠のお母さんの助けが入った。
長らく腰を曲げての作業に少し疲れたようだったが、自分の手で植えた苗が空に向かってぴんと立っているのを見ると、なんだか誇らしげだ。



こうして、みんなでやり遂げた田植え。
お昼は、密にならないように気をつけながら、小田農園特製の赤飯おにぎりと、わらびやふきの煮付けを頬張った。
これだけではない。こびりには、東和町おでって工房の米粉の生地に、これまた東和町たかすどう産土農産加工の味噌を塗った和風ピザだ。
どれもこれも、東和の恵み。東和でしか食べられないごちそう。
今日一日頑張った自分たちへの、東和からのご褒美だ。

 

その翌週には、山形からはるばるやってきたというカモのひな達を、みんなで放した。
小さな足で、稲と稲の間を一生懸命ばた足している。

気持ちよさそうなその様子に、みんなの顔も思わずほころんだ。



いくら大変な世の中でも、「農」は暮らしを支えるもの。手を止める訳にはいかない。
今回の体験を通して、誰もが日々精一杯働く農家の方々に、より感謝をするようになったようだ。



帰り道、青空にそびえ立つ早池峰山に向かって祈った。
今年の秋も、実りの秋になりますように。
黄金色に輝く棚田に、少しでも多くの人を迎えられるようになりますように




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私は今や、東京都民。
仕事の関係で、3月末をもって残念ながら大好きな岩手を離れ、東京に戻ってきてしまった。
戻った途端、このご時世だ。東和の田植えも、もちろん実際に参加したわけではない。


ステイホームが続く5月の終わり、一人部屋で携帯電話を眺めていると、一通のメッセージと写真が送られてきた。

東和からだ。



「朝の9:00から我が家の庭で、田植えミーティング。

初めての田植え体験の方もいて、母が田植え師匠になって、汗かきました。父は、田植え機を走らせ、水田を行ったり来たり。

昼は、赤飯おにぎり、ふき煮付け、わらび煮付け、アスパラ、漬け物…と並べて、お昼ご飯。

こびりは、おでって工房の米粉生地に、産土農産加工のばっけ味噌をピザソースにして和風ピザを作りました。

みんな、泥んこになりながら、田植えを満喫して行きました。

来週は、合鴨のひな鳥たちを放します。」

 


懐かしさが、ふっと心をよぎる。


私には、離れていても、東和の今を伝えてくれる人がいる。実家のように、こちらは元気でやってるよ、そちらは元気?と、言葉をかけてくれる人がいる。
これで十分だ。
足を運べなくたって、初夏を迎える早池峰のふもと、そこで笑顔で暮らす東和町民の笑い声が、ありありと思い浮かぶ。


この文章は、実際に見聞きしたことをもとに書いたわけではない。
私の心の中に残っている東和の風景を、送られてきた写真とメッセージから思い起こし、東京の一人暮らしの狭い部屋の中から書いたものだ。
なので、実際の様子とは必ずしも同じでないかもしれない。しかし、私の心の中にある東和町のありのままの姿をありのままに書いたということは、ここで一言断っておきたい。

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新幹線で2時間半で行けると思っていた花巻も、昨今の時世の中では、少しばかり遠い場所になってしまった。
だからと言って、何も出来ないと決めつけるのは早い。
こうした中でも、東和のために自分にできることは何だろう?


小さいことかもしれないけど、私に出来ることは、東和への想いを素直に書くこと、伝えること。
いくら離れていても、大好きな東和を綴ることだけは、止めたくない、忘れたくない。
だから、東京に住んでいても、まきまき花巻の市民ライターであり続ける。




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初めて新緑に覆われたあの棚田に出会った日。野草のピザを囲みながら、まるで家族のようにみんなに迎えてもらった日。
あの日から、ちょうど2年。

 

たとえ離れていても、心の住所は東和町だ。

 

私が書きました
まっちー

神奈川県横浜市出身、26歳。2年間の期限付きで、2018年4月から2020年3月まで岩手県に出向。現在は東京在住。ご縁あって花巻市、中でも東和町の大ファンに。