まきまき花巻行きたい「昭和」に元気をもらってまちづくりを〜NPO法人いわて・ふるさと倶楽部
「昭和」に元気をもらってまちづくりを〜NPO法人いわて・ふるさと倶楽部
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旧前田小学校の校舎を使って「山の駅 昭和の学校」という施設を運営するNPO法人がある。大沢温泉を過ぎてしばらく行くと、右側にそれはある。

 

 

 

門の横や建物側面には懐かしいブリキの看板が並び、入館前にもう昭和な世界が広がっていて、つい足を止めて眺めてしまう。

 

昭和の古物を集め、展示を始めたのは2004年に照井校長が帰郷してから。広い場所を求めて、最初は矢巾だったそうだ。その後さらに広い場所を求めて川井村(現宮古市)へ。2007年にその川井村でNPO法人は立ち上がった(2019年より登記は花巻市へ)。法人としては10名のメンバーがいるが、実際にこれだけの昭和のものを集めたのは照井代表(校長)の尽力による。

 

 

 

 

入り口を入ってすぐ目につくのは、昭和30年代に街中を走っていたダイハツミゼットという三輪軽トラック。カエルのような顔がかわいい。こんな車をレストアして走らせたら、これだけでも観光資源になりそうだ。受付横には駄菓子屋。ここだけは展示ではなく、実際にお菓子やおもちゃを売っている。

 

 

展示室1階は企画展示スペースのようで、こけしやバイク、セルロイドの人形などが棚に並んでいる。目を引いたのは黒板に書かれた「昭和30年の物価」表。ざっくり今の1/10だが、そう考えるとビールやバターなどがいかに高級品だったかがわかる。自転車も高価だ。車など、ミゼットでも国会議員の歳費の4〜5ヶ月分だ。相当な高嶺の花だったのだろう。

 

 

思わず吹き出した広告。特許を取ったサルマタとはどんなものだったのだろう。男女ともに脱がずに用便できるらしい(笑)「相形」とか「最大」の意味も含めて、興味が湧く。「白熱的大好評」で「愛用者大激増」だったんだろうな。

2階は昭和な商店街が並ぶ。筆者が小学校時代を過ごしたのは昭和40年代だが、淡い記憶が蘇ってきて懐かしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中でも一番懐かしく感じたのは ↓ の文房具。丸いケースに入った糊や、当時はみんなの筆入れに中に入っていた鉛筆を削るナイフ。中の厚紙を取っ払って、指で弾いて刃を出すのがかっこいいと思っていた(笑)

 

 

ところでこの施設、年間2〜3万人が訪れ、しかも年々来場者が増えているとのこと。観光地として東日本一円から来場者がいるようで、この日も秋田からバスでやってきた団体があった。照井代表が集めたもののほか、結構多数の寄進などもあって、かなりものが増えてきて今は寄進を断っている状況だそうだ。

「こんな辺鄙なところでも何万という人が来るので、この一部でもまちなかに展示できれば、観光客が街を歩くようになると思うんですよね。でもなかなか予算が厳しいので家賃払って展示場所を作れず。花巻だけじゃなく、東北あちこちのまちにプラン出したりしているのですが」と照井代表。もともとNPO法人を立ち上げたのは、この施設を運営するだけではなく、「昭和から元気をもらい」「地域活性化を図り」「まちづくりに貢献する」が主目的とのこと。そのために年4回機関紙を発行したり、もっと観光客に喜んでもらうために昭和の学校脇の景色の良い沢へ至る遊歩道を整備したり、照井代表の活動は単にこの施設を運営するだけにとどまらない。

 

 

花巻のまちの中の、どこか空いている数店舗を使って、(実際は展示だけでも)あたかも営業しているようにたばこ屋さんとか、パーマ屋さんとか、おもちゃ屋さんとか、昭和な店が点在していたらどんなに楽しいだろう。観光客はもちろん、市民もまち歩きが楽しくなるのではなかろうか。

あるいは、店そのものを借りなくても、店子が決まるまでで構わないので、空き店舗のショーウインドに昭和なものを飾っておくだけでも良い。家賃はかからないし、大家さんも経費的な負担はないだろう。逆にそれで人通りが増えれば借り手が見つかるかもしれないし、活性化とともに新たなビジネスが生まれるかもしれない。黙して待っているより効果はあるだろう。

とにかく、ここに展示しきれていない昭和なものがもったいない。せっかく花巻にこのNPO法人があるのだから、花巻のまちで有効活用したいものだ。

 

私が書きました
北山 公路

出版プロデュース、企画・編集のフリーランス。
花巻に生まれ育ち、今も花巻在住。東京の出版社の仕事と地元の仕事半々を花巻でこなす。2017年春から「花巻まち散歩マガジン Machicoco」を創刊し、隔月発行継続中。