まきまき花巻行きたい賢治さんを感じる散歩道
賢治さんを感じる散歩道
37 まき
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宮沢賢治さんは26歳だった大正10年稗貫農学校の教員となった。当時の農学校は現在の県合同庁舎のあたり。花巻共立病院(現総合花巻病院)の隣、花巻高等女学校(現花巻南高)の校門前にある小さな学校で「桑っこ大学」と揶揄されるような学校だった。

その2年後の大正12年に岩手県立花巻農学校となり、かつての南万丁目村に移転。現在の花巻市文化会館、市立花巻図書館、ぎんどろ公園がある場所だ(賢治さんの墓所もこのすぐそばにある)。賢治さんは結局大正15年の春には退職してしまったのだが、花巻農学校は昭和40年代までその場所にあり続けた。私の実家はそのすぐそばだったため、農学校(農業高校になっていたが、まだそう呼ばれていた)のことは、生徒の皆さんが実習で作った野菜やジャムを売りに来たり、野球部や陸上部の人たちが校庭で練習していたり、実習用の畜舎で飼われていた豚や鶏、牛など、子どもながらによく覚えている。

花巻農学校になってからの2年とちょっと賢治さんが通ったであろう道(当時、賢治さんの家からこの場所に通うにはこの道しかなかった)を辿ってみた。

ここが当時花巻農学校があった場所。文化会館や図書館がある場所に立派な校舎があり、ぎんどろ公園になっているところは実習用の畜舎だった。

道路を挟み、今文化会館の駐車場になっているところが校庭。子どもの頃遊びに行っては、野球部や陸上部のお兄さん、お姉さんたちに可愛がってもらった。

ここから市街地にある賢治さんの家へ向かう道路を歩いてみる。周囲の家はもちろん変わったが、道路の形は昔のまま。当時ここいらは鄙びた郊外で戦争の被害もなかったので、まだ古い家が結構残っている。

おそらく江戸の昔から残っている馬頭観音。賢治さんもこれを眺めながら通っていたに違いない。

馬頭観音前の分かれ道は、どちらも古くからの道。左の狭い道は古刹地蔵寺につながっている。左端に見えるピンクのアパートがあるあたりに、私が子どもの頃まで牛乳屋があった。この辺りの戦前を知る母に聞くと、母が子どもの頃にはもうあったらしい(その頃は牛を飼っていて、搾って売っていた由)。実は個人的に、ここが「銀河鉄道の夜」に出てくる、ジョバンニくんが母親から頼まれて牛乳を買いに行った牛乳屋のような気がしている。その理由は後述。でも、通勤路に作品のヒントやモデルがあったというのは充分考えられることではなかろうか。

道は続く。途中に、このあたりの産土である鼬幣稲荷神社へと向かう道。神社の裏側に出るという、ちょっと面白い好きな道。

この道が鍛治町商店街に下っていく坂のてっぺんに、舗装されていない私道が分かれている。その先はかつて西公園と呼ばれた昔の市民の憩いの場。

道の左側は急峻な崖になっており、街の南側が一望できる。

目をこらすと遠くの豊沢川にかかる東北本線の鉄橋が見える。以前、夕暮れの中でここを通る列車を見たことがあった。車内の明かりが点々と灯り、

川にかかる鉄橋なので宙に浮いて走っているように見える。

「おぉ!! 銀河鉄道じゃないか!!

ということで、実はこの西公園が「銀河鉄道の夜」の舞台なのではないかと勝手に思っているのだ。近くに牛乳屋はある。牛乳屋の老婆に「後でおいで」と言わたジョバンニくんは、近くの丘で寝転び夢を見ることになる。ここは丘だ。しかも中に浮く列車が見える。考えてみれば、鍛治町商店街も上から眺められるから、商店街入り口にある如来堂の縁日で提灯が並べられていると、まるで目覚めたジョバンニが目にした「銀河のお祭り」じゃないか。そんな考えが何年も前から頭を離れない。

ちなみにこの西公園にあるお社は天神さんと言われ、江戸期の文人たちの筆塚などもある。

元の道に戻り、急坂を下りていく。

その途中が小さな橋になっている。

この下は、今はサイクリングロードになっているが、昭和40年代初めまでは鉛温泉に向かう花巻電鉄の電車が走っていた。それも確かに記憶に残っている。

坂を下り切ると鍛治町商店街。今は花巻と北上を結ぶ道路との交差点になっている場所には、鎌勘という酒屋があった。

鍛治町商店街の途中に高喜楽器という店がかつてあった。賢治さんはよくここでレコードを買っていたという。田舎町の店なのによくクラシックレコードが売れていると知り、レコード会社が調べに来たらしい。

鉛温泉方面から来る電車から降りたところにある、市街地の入り口だった鍛治町は、電車の廃止とともに衰退してしまった。主要道路も、坂上にできた県道となり、花巻南温泉郷方面へのメイン道路でもなくなってしまった商店街は、店もだいぶ無くなりひっそりとしている。

賢治さんの家までは、ここから市街地へ入って徒歩5分ほど。昔日が偲ばれる道をぶらりと歩いてみるのも面白い。

私が書きました
北山 公路

出版プロデュース、企画・編集のフリーランス。
花巻に生まれ育ち、今も花巻在住。東京の出版社の仕事と地元の仕事半々を花巻でこなす。2017年春から「花巻まち散歩マガジン Machicoco」を創刊し、隔月発行継続中。